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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-2

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44.新たな脅威


    ***



「ま……待ってください。単身で、竜の討伐? しかも生還したんですか?」

「正確に言えば、周りには他の騎士団の人間がいたが。正直、誰も手を出せなかった」


 さらに正確に言うならば、彼らも仕事はしていたが、竜との戦いに割って入る事はできなかったのだ。


「一応、第二騎士団長と第三騎士団長は協力しようとした……が、邪魔だったらしく、ひとりは蹴られて、もうひとりは斬られかけた」

「えぇ……」


 ドン引きだ。


「別に殺そうとしたわけではなく、ちょうど剣の軌道に入ってしまったのが原因だったが……人間ではありえない軌道と距離だったので、どちらも見誤ったらしい」

「ええぇ……」


 さらにドン引きだ。


「幸い、第三騎士団の協力もあり、死者が出ることは避けられたが……。慣れていない人間に耐えられるものではない」


 まして、何の覚悟もないのであればなおさらだ。

 おまけに、状況が状況である。百体の魔獣(おまけに暴走状態)に加え、猛り狂った竜と対峙状態。その恐怖たるや、いかほどのものか。


 彼らはカイルと竜の争いに巻き込まれ、邪魔だという理由で斬られかけ、踏みつぶされかけ、竜によって燃やされかけた。あまりにもひどい被害状況の大半はカイルの仕業だ。ちなみに、第五騎士団長は全然違う場所にいたのに、ピンポイントで流れ弾を食らった。油断していた分、そのダメージは甚大だったそうだ。本当に気の毒な話である。

 付け加えるなら、第四騎士団長とその周囲の被害が一番大きく、ほとんど壊滅状態だった。


 第四騎士団の面々はみっともなく泣きわめき、自分だけでも助けてくれと暴れ、逃げ惑い、存分に醜態を見せつけた。我に返った後で青ざめたが、時すでに遅し。周囲から浴びせられる冷たい目は、彼らの矜持をへし折るのに十分だった。


「最後に竜は炎を浴びせて去っていった。それが六年前の話だ」


 伝説とも言える大型種の出現。それは確かにショックだった。

 だがしかし、すべて終わった後で彼らの脳裏に焼きついていたのは――殺されるかもしれない恐怖と、剣を持ったカイルの姿。


 それはもう、トラウマものの体験だろう。

 実際、第四騎士団の多くはしばらく悪夢にうなされていたという。カイルを見るたびに悲鳴を上げていたという話だから、その心の傷は深い。ある意味自業自得だが。


 特に騎士団長のショックは相当だったようで、カイルの名前を耳にするだけで恐慌状態となったらしい。騎士団長殺しの逸話はここで生まれたのだろう。当たらずとも遠からずなのがなんとも言えない。もちろん、カイルに責任はない。……はずだ。多分。


「……だから副団長の噂の方が広まったんですね……」

「その後、第四騎士団の人間はそろって退団届を提出した。団長だけは事後処理が残っていたので時間がかかったが……他に誰もいなくなったので、必然的に、カイルが副団長になった」

「え、そんな理由ですか?」


 まさか団長とカイル以外、全員退団していたとは思わなかった。闇が深いどころか、何もなかった。むしろ分かりやすすぎる人事だった。だって他に誰もいない(!!)。


「……それが、騎士団長殺しの真相ですか」

「ああ、その通りだ」


 以前、ガロルド達に狙われていると告げた時、カイルが妙な顔をしていたのを思い出す。

 それも当然だ。よりにもよって、竜と対峙して生き残る実力の持ち主なんて、騎士団中探してもそうそういない。騎士どころか、団長とも互角にやり合えるはずだ。


 いや、それどころか――もしかすると。


(そりゃあんな顔をするはずだわ……)


 命があってよかったね、と彼らには言いたい。

 それよりも、気になる事がある。


「あの、さっき、この森を封鎖するっておっしゃってましたけど、他にも何か――」


 その時だった。


「団長!」


 小道の向こうから駆けてくる人影があった。


「大変です! 辺境の方でも竜が出ました!」

「何!?」

 オレッセオの顔色が変わる。


「現在第三騎士団が対応中、第二も対応に当たっています。ただ、こちらと同様、魔獣の集団発生、及び暴走状態が確認されているため、こちらに割く余力がないと……」

「くそっ、やはりか!」


 オレッセオが拳を握りしめる。


「あの時と同じ状況だとは思ったが……まさか、同時出現だと? ありえない」

「国境の守りを解くわけにはいかず、王都、町、主要な村と、それぞれ動ける者が防衛に回っています。かき集められるだけ集めましたが……人数が足りません!」

「今いるのは?」

「第四の見習いと、増援の第二が二十名。ですが、見習いは……」

「――ああ、そうだな」


 正式な騎士になる前の見習いは、新人以前の卵である。実習訓練ならまだしも、暴走状態の魔獣に対応できるだけの力がない。カイルがほとんど倒したとはいえ、まだ森の中に残っている可能性はある。その上、新たに発生する可能性も捨て切れない。

 それでも数匹なら対応できるだろうが、今は。


「……間違いなく、犠牲が出る。それも多数」

 そんな真似はさせられないと、オレッセオが首を振る。


「我々だけで対処する。いいな」

「はっ」

「ローズウッド、聞いたな。君は今すぐ避難しろ」

 オレッセオがステラを振り返る。


「増援が期待できない以上、我々の力だけで防ぐ必要がある。君は自分の身の安全を確保しろ。急げ、時間がない」

「自分が彼女を送ります。団長は先に向かってください」

「頼む」

「待ってください、そんなことをしていただくわけには――」


 思わず口を挟むと、オレッセオは手短に告げた。


「詳しく話している時間がないが、辺境の森には厄介な特性がある。国境近くの森(こちら)で確認されたことはなかったが……私の予想が正しければ、取り返しのつかないことになるかもしれない」

「え……?」


「今のままなら問題ない。我々だけで対処できる。だが、もしも()()が起こったら――その時は、全滅を覚悟する必要がある」

「それって……」


 妙な胸騒ぎがして、ステラは胸元を握りしめる。

 その時、遠くから物音が響いた。

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