43.再戦の狼煙
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「久しぶりだな」
カイルの顔には笑みが浮かんでいた。
「六年ぶりか。さすがに待ちくたびれたぞ」
――グルルルル……。
竜の片目はぎらついたまま、射殺しそうな強さでカイルをにらんでいる。全身から立ちのぼる殺気と熱が、濃密に辺りへと立ち込めた。
「お前もそうか? 殺したがってたもんな、俺のこと」
反対にカイルは楽しそうだった。
「あの時は邪魔が入ったけど、今日は違う。思う存分やり合える」
――ウウ――ヴウゥウウウ……。
喉から漏れ聞こえる声は、威嚇か、それとも返答なのか。
横一文字に走る腹の傷と、失われた右目。そのどちらもが、六年前、カイルによってつけられた傷だ。
竜の知能は高く、その凶暴性は他を圧倒する。
人を喰う種類もあるが、たいていは引き裂く事を好む。殺した人間の知識を蓄える竜もいると聞くが、詳しくは分からない。これは火竜の一種だろう。無理やりに分類すれば、大きなトカゲだ。
「復帰命令が出た時は、さすがに無理かと思ったけど。まさか、こっちに移動してたとはな」
乾いた唇を舐め、薄く微笑う。
「――上出来だ」
振り下ろされた鋭い爪を、カイルは剣で受け止めた。
ギイン!! と耳が痛くなるほどの音が響き、その衝撃で靴がめり込む。硬い地面が泥のように柔らかく沈む。そこから飛びのき、カイルは続けざまに剣を振るった。
竜の体は大きいが、その動きは俊敏だった。普通の騎士なら、最初の一撃をよけるだけで精いっぱいだっただろう。振り立てた尾が岩を砕く。吐き出す炎が地面を焦がし、緑の枝が燃え上がった。
「あはははは! 楽しいなあ、おい!」
だが、カイルは笑っていた。
それも、心底楽しそうに。
「お前も俺を待ってたのか? 奇遇だな、俺もだ!」
――グアウゥウッ!
ふたたび振り下ろされた爪を、カイルは飛びのいてよけた。続いて尾の一撃をかわし、返す攻撃で一閃する。鱗の隙間を正確に狙った剣先が、その一枚を剥ぎ取った。
怒りに燃えた竜が炎を吐く。だがそれはカイルには届かなかった。
「あの時は最後までできなかったからな。今日こそ決着つけてやるよ」
そう言って獰猛に笑う顔は、いつもの彼とは別人だ。
爛々とした瞳は光を宿し、全身から闘気が立ちのぼっている。目を奪われるほどの強い輝きが、オーラのように広がった。
その様子を見ていた人間がいれば、間違いなく口にしただろう。
――騎士団長殺し。
この上なく不名誉な呼び名でありながら、何ひとつ事実をゆがめてはいない。
第四騎士団長を討伐の際に斬り殺しかけ、辺境の森で無期限謹慎処分を言い渡された男。
あの話は嘘ではない。
ただそれは、大分手加減された内容だったというだけだ。
いや、それどころか――。
「行くぞ、トカゲ肉!」
返答は灼熱の炎だった。
剣を握ったまま、カイルは竜の腹へと飛び込んだ。




