42.六年前の真実
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それは、今から六年前に起こった事だった。
この国の辺境にある森に、複数の魔獣が確認された。
当時派遣されたのは第四騎士団。一部の裕福な平民を除き、下級貴族を中心に構成された騎士団だった。
辺境の森は魔獣が出る事で知られている。他にも魔獣がいる可能性を考慮して、別の騎士団からも応援が来る事になった。
当時の第四騎士団長は、高位貴族の血を引く人間だった。
貴族ゆえの尊大さに加え、平民をあからさまに蔑視する。それだけでなく、女性騎士に対する扱いもひどかった。
そんな彼が目をつけたのが、当時騎士学校を卒業したばかりのカイル・リバーズだった。
カイルは飛び抜けた実力の持ち主だったが、身分は平民だ。力のある貴族が強く願えば無理が通る。本来なら第二騎士団に所属するはずだったカイルは、強引に身柄を引き受けられ、第四騎士団の預かりとなった。
第四騎士団長の片腕として抜擢されたカイルだが、実際は雑用係に過ぎなかった。もっと言えば、使用人兼、都合のいい道具だ。
どれだけ働いても評価されず、新たな労働を課されるだけ。それどころか、少しでも意に沿わないと、即座に懲罰が待っていた。
男の命じるまま、カイルは膨大な任務をこなした。
任務は魔獣の討伐がもっとも多かった。どんなに強い魔獣もカイルの敵ではない。無茶な命令に従い、カイルは休む間もなく働かされた。瞬く間に第四騎士団は功績を重ね、あっという間にその名声は国中に広まった。
――だが、その手柄はカイルではなく、すべて団長のものとなった。
カイルは気にしていなかったが、オレッセオは内心で歯噛みしていた。
上に訴えた事もあるが、改善は難しいと諭された。
カイルは第四騎士団の人間だ。他所の騎士団が口を出せる事には限度がある。まして、相手は高位貴族だ。下手な真似をすれば、どんな報復があるか分からない。
理屈は分かっていたが、納得できるかは別だった。
おまけに、第四騎士団の大半は貴族出身の人間だ。団長と同じ思考回路の者が多く、彼らは団長と一緒になってカイルを見下した。
同期には平民もいたが、彼らも新人の分際で側近に抜擢されたカイルを妬んでおり、味方になるどころか、嫌がらせに加担する始末だった。
このままだと、いつかカイルは潰される。
一刻も早く、真実を明らかにしなければ。
いや、真実ならもう明らかなのだ。だが、それを糾弾できない。
男の家は侯爵家だ。王家と公爵家に次いで身分が高い。そして、たとえ王家でも、おいそれと高位貴族に手は出せない。そんな真似をすれば、両者の間に亀裂を生み、場合によっては内乱の原因ともなってしまう。
――では、カイルは。
そのための犠牲になれというのか。
王家との争いを起こさぬために、あんなくだらない男の命令に従って。
カイルは酷使され、いずれ使い潰される。
そしてそれは遠くない未来に起こるだろうと分かっていた。
そんな中で、あの事件が起きた。
辺境の森で魔獣が確認されたという報告が届き、討伐隊が組まれた。
その時、第四騎士団長は油断していたに違いない。
いつものように、あの平民に押しつければいい。彼がそう思っていた事は想像に難くない。
彼は当然のようにカイルに討伐を命令し、カイルはそれを了承した。
魔獣の数は五体。
いつもと同じ、日常の風景。
だが、それが一変した。
――お……おい。あれ……なんだ?
それは最初、空耳のようだった。
木の葉を震わすような空気の揺れが、やがて地響きとなってこだまする。この森でそれが起こる事の意味を、彼らの誰もが分かっていた。
魔獣の集団発生が起こったのだ。
おまけに、それだけではない問題が発生していた。
――狂乱及び、暴走状態。
暴走状態と呼ばれるその現象がなぜ引き起こされるのか、理由は未だに分かっていない。だが、それは数年から数十年に一度発生し、王国に多大な被害をもたらしている。一匹や二匹ならどうにかなるが、今回はその数が異常だった。
――五十、六十……百!? 信じられない、普通じゃない!
暴走状態というだけで厄介なのに、それが集団ともなればなおさらだ。
おまけに、彼らは人間の血肉を求め、引き裂く衝動を抑えられない。
魔獣の本能というのか、襲う事を目的としているのだ。厄介といえばこれ以上厄介な敵もない。
団長はパニックを起こし、カイルにふたたび討伐を命じた。
だがそこに、予想外の出来事が起こったのだ。
――なんだ!? 大きな影が……山か? いや、あれは……!
それは見た事もないほど巨大な生物だった。
ぎらぎらと光る赤い鱗、大きく太い二本の脚。
それを支える三本の爪が、転がった大木を一撃で踏み抜く。
その姿は、まさに。
「竜だ……!」
伝説とも呼べる災厄の使者が、目の前にいた。




