41.六年前に起こった事
***
「逃げろ、ローズウッド!」
カイルがステラを押しやったのと、オレッセオがステラを引き受けたのは同時だった。
「任せろ、行け!」
「言われなくても……っ!」
後の言葉が聞こえるより早く、炎が目の前を遮った。
――キシャアアアアッ!
咆哮を上げる竜が、灼熱の炎を放ったのだ。周囲を火に囲まれて、立ちすくんだのは一瞬。ステラはすぐに我に返った。
「団長、平気です。走れます!」
「なら行くぞ、走れ!」
ひとりで走ると言ったつもりが、オレッセオに先導されていた。
「待ってください、団長はここに……っ」
「君を送り届けたらすぐ戻る。森を封鎖して、誰も入れないようにする」
「封鎖?」
オレッセオについていくのはやっとだったが、彼は足をゆるめなかった。
「君は知らないだろうが、あの竜を見たのは二度目だ」
「え……」
「六年前、辺境の森で。実際には何が起こっていたのか」
そこでちらりと振り返り、オレッセオはさらに足を速めた。
「知っているのは限られた人間だけだ。だが、噂は広まる。隠そうとすればするほど、興味と関心を引き寄せる。噂というのはそういうものだ」
「それって、何、の……」
ついていくので精いっぱいだった、必死になって食らいつく。
「六年前、辺境の森に魔獣が現れた。討伐に参加したのは、カイルを含む第四騎士団の人間だ。団長は役立たずの小物だったが、爵位だけは高かった」
彼は自らの地位を利用して、平民であるカイルをこき使った。仲間の多くも貴族であり、そんな態度を諫める者はいなかった。
そんな時、事件は起きた。
辺境の森に数匹の魔獣が確認され、討伐を行う事になったのだ。
「最初は簡単な討伐だと思われていたが、状況が変わった。魔獣の集団発生が確認されたんだ」
それも、暴走状態と呼ばれる状態で。
集団発生と暴走状態の関連性は、未だに明らかになっていない。
だが、集団数が多ければ多いほど、暴走状態もひどくなる。そして、その気配に反応して、さらに強い魔獣を呼び寄せると言われている。
その時確認された数は百体。通常の数倍にもなる、明らかな異常発生だった。
第四騎士団はパニックに陥った。
今まではカイルにすべて任せていたが、何しろ数が多すぎる。ならば撤退か交戦か選ぶべきだが、なまじ討伐を人任せにしていたせいで、ろくに動く事もできないでいる。
ここで今までの行いを反省し、許しを乞うならましだったが、騎士団長は斜め上の方向に突き進んだ。
錯乱状態に陥ったあげく、カイルひとりにすべて押しつけて逃げ出したのだ。仲間も全員それに続いた。彼らにとって、平民であるカイルは「同じ騎士団の仲間」ではなく、使い捨ての駒としか考えられていなかった。
「ひどい……」
たったひとりで、暴走状態の魔獣の群れの中に置き去りにされたのだ。その時の絶望たるや、どれほどのものだったろう。
思わず呟いたステラに、オレッセオも頷いた。
「――確かに」
そして続ける。
「相手がな」
「……え?」
妙な言葉を聞いた、と思う間もなく、オレッセオに尋ねられる。
「君はあいつの二つ名を知っているな?」
「ええと……騎士団長殺し、ですよね。第四騎士団の……」
当時の第四騎士団長を魔獣討伐の際にうっかり斬り殺しかけたという、非常に物騒な呼び名である。
もっとも本人は風評被害だと言っていたし、ステラもそう思っている。だがそれを言うと、オレッセオは首を振った。
「正確に言うと、少し違う」
「え?」
「あいつに殺されかけたのは、第四騎士団長だけではない」
「……え?」
「第一騎士団長も、第二騎士団長も、第三騎士団長も殺されかけた。ついでに言えば、その場にいなかったはずの第五騎士団長まで殺されかけた。彼は本当にとばっちりだった。今思っても気の毒なことをした」
「え……えっ?」
「さらに言うなら、副団長も、その補佐も、彼らにへつらっていた貴族仲間も、その周りにいた同期も、逃げようとしたベテランも、助けてくれと懇願した新人も、みんなまとめて殺されかけた」
「待ってください、第五騎士団長だけ気にかかる……え、えっ、えええっ?」
「特に被害がひどかったのが第四騎士団だが、他も大差はないだろう。私も巻き込まれて危なかった。今思い出してもぞっとする話だ」
深々と息を吐き、オレッセオは告げた。
「あいつは、正真正銘の危険人物だ」
騎士団長 みんなそろって 苦労性(字あまり)
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