40.大型種の登場
目の前の光景が、ステラは信じられなかった。
オレッセオでさえ手こずっていた魔獣の首が、次々と斬り飛ばされていく。残りの魔獣も背中を突かれ、はらわたを貫かれ、ほとんど一撃で絶命している。小型の魔獣が数匹、かろうじてその剣を逃れたが、他の人間を襲う前に討ち取られた。
オレッセオの後ろから現れたのは、やはり第二騎士団の人間だった。
「一匹残らず仕留めろ。入口はどうなっている?」
「すでに仲間が待機しています。人家への被害はないかと」
「上出来だ。第三は?」
「辺境の方でも深刻な魔獣被害が出たため、今はそちらに。終わり次第来るそうです」
「そうか。小型と中型だけなら問題ない。この道を通る個体は逃すな」
「了解!」
彼らはオレッセオの指示に従い、一斉に散開する。多少のブランクがあっても、その統率に揺るぎはない。まるで彼の手足のように動く。さすが実力主義はだてじゃない。そういえば、少し前までオレッセオは彼らの仲間であり、まとめ役だったはずだ。
だが今は、それよりも。
目の前には、夥しい数の魔獣の死体が転がっていた。
暴走状態の魔獣は手がつけられず、凶暴性も格段に上がる。特に、人間の血肉に反応し、狂乱状態に陥るらしい。しかも、今回は集団発生だ。危険度は段違いに跳ね上がる。
なのに――これは、なんだろう?
「あの、第四騎士団長殿。俺、今、夢でも見てるんでしょうか……?」
新人騎士らしい青年が、呆然とした声で問いかける。
「いいや、現実だ」
オレッセオが事もなげに答える。
「でも、あれ、黒毒蜥蜴ですよね? 魔獣の中でもかなり厄介な、ひとつ間違ったら即死レベルの……」
「即死ほどではない。気をつければ問題ない」
「それに、あっちは暴風牛? 暗黒鶏まで……みんな中型種じゃないですか! なんであんな簡単に切り刻んでるんです?」
「あいつの腕は確かだからな」
「腕とかいうレベルじゃないですよ!? 丸太をハサミで切ってるくらいめちゃくちゃだ!」
「正確に言うと、丸太サイズの鉄塊をハサミで切っているくらいめちゃくちゃだな」
どっちにしてもめちゃくちゃなのかと思ったが、それを聞いた騎士が呻いた。
「……さすが騎士団長殺し……噂以上だったか……」
「え?」
変な事を聞いた、と思ったが、詳しく聞ける空気ではない。
あれは勘違いだったはずだ。本人もそう言っていたし、周りもそう思っている。ただ、考えてみると、オレッセオは訂正しなかった。今まで、ただの一度もだ。深く考えた事はなかったけれど、もしかして、何か意味があったのだろうか。
とにかく足手まといにならないように、ステラも身を守る事に専念した。
カイルの動きはどうなっているのか、ここからでもまったく分からない。見えているはずなのに、視界に入ってこないのだ。気づけば次の魔獣が倒れ、スパンと首が飛んでいる。視界というより、視線だろうか。速すぎて目が追いつかない。
「――こんなもんか」
やがて彼が呟いた時、大勢いた魔獣はすべて地に倒れていた。
「綺麗に斬ったから、全部使える。任せていいか?」
「はっ……はい!」
すぐに第二騎士団の騎士が駆けていく。
「『使う』?」
ステラが不思議そうな顔をすると、そばにいたオレッセオが教えてくれた。
「魔獣は肉だけでなく、その肉体すべてに使い道がある。爪、皮、鱗、どれも貴重だが、一番有名なのは素材だな。君も知っているように、第三騎士団で使用する魔導具には必要不可欠だ」
「ああ、そういえば……」
それ以外にも使い出は色々あり、かなり珍重されているらしい。そういえば、以前にそんな話を聞いた事があった。
「ちなみに、中型クラスの魔獣をひとりで倒した場合、素材を売った三分の二の取り分がもらえる」
「……副団長って、もしかしてものすごくお金持ちですか?」
「それが、そうでもないらしい。使い道がないから、丸ごと寄付しているそうだが」
この場合の「寄付」というのは現物支給だ。つまり、魔獣の素材を欲しがる者に提供しているという事だろう。その代わりに肉を加工してもらっているそうだが、いくらなんでも欲がない。
後は飲み会などに提供しているらしいが、それでも微々たるものだという。剣を払ったカイルが、何か考えるように目を上げた。
「――オレッセオ! 見習いのやつらはどうなってる?」
いきなり問われ、オレッセオがすぐに反応する。
「全員避難したはずだ。該当場所は確認してある。少し前に報告を受けたところだ」
「逃げ遅れたやつがいる可能性は?」
「ないとは思うが、今からもう一度見回る予定だ。それがどうした?」
「――妙だな、と思って」
カイルがわずかに眉を寄せていた。
「妙?」
「辺境でも出たんだろ。集団発生。しかもこっちに中型が出た。それも複数。おまけに暴走状態だ。タイミングが良すぎないか?」
「確かにそれは思ったが……」
「それに、なんで今回は中型が出た? ここは小型ばっかりで、中型はめったに出ないはずだ」
「それは私も気になった。この分だと、辺境の方はもっとひどいかもしれないな」
「いや、逆だ」
「逆?」
訝しげに眉を寄せたオレッセオが、次の瞬間はっとした。
「……まさか!」
「ああ、そのまさかだ」
一気に緊迫した雰囲気に、ステラが内心で首をかしげる。
どうやら二人とも心当たりがあるようだが、その表情は対照的だった。
オレッセオは焦ったように、カイルは落ち着き払った顔で、目線が一度重なり合う。先に外したのはカイルだった。
「……面白い」
唇に薄く浮かんでいるのは――ゾクゾクするような、獣じみた笑みだ。
その時だった。
急に空が曇ったかと思うと、すさまじい風が吹きつけた。
吹き飛ばされそうになったステラの前に、オレッセオとカイルが立ちはだかる。他の面々も顔色を変え、めいめいに剣を構え直した。
「団長、これは……!?」
「――皆に告ぐ」
オレッセオが緊張した声で言い放つ。
「直ちにこの森から退避せよ。逃げ遅れた者がいないか確認の上、森の入口を封鎖。同時に第三騎士団へ緊急連絡。最優先だ、急げ」
「緊急連絡? ですが、それは……」
「説明している時間が惜しい。いいか、今すぐ避難しろ。森を封鎖するんだ。誰ひとり中に入れるな。たとえ何があってもだ」
「わ……分かりました」
彼らがすぐに駆けていく。
ぱっと二手に分かれたのは、手分けして確認するためだろう。
わずかに出遅れると、「君もだ、ローズウッド」と名前を呼ばれた。
「彼らの速度についていくのは大変だろうが、ここにいては危険だ。急いで彼らと共に行け。誰についても構わない」
「は、はい」
「――待て!」
カイルが叫んだのと、いきなり横抱きにされたのはほぼ同時だった。
すさまじい衝撃とともに地面がえぐれ、爆風が叩きつけられる。砂と土を含んだ風に、ばさばさと髪があおられた。
乱れる髪をそのままに、呆然と目の前の光景を見る。
そこにいたのは、見上げるほど大きな生物だった。
大きさは人間の小屋よりもはるかに大きく、尻尾は大木のように太い。
地面を踏みしめる二本の脚と、それを支える三本の爪。そのひとつひとつが、一抱えもある石ほどの大きさだ。
その爪の一本が、先ほど地面をえぐったのだ。
その生物は、最初から敵意をむき出しにしていた。
いや――これは、殺意?
その体躯は毒々しいほど赤く、ところどころが黒ずんでいる。
腹のあたりに、古傷のような線が一本。
トカゲにも似ているが、明らかに違う。ぞっとするような禍々しさを覚えるのは、その生物自身が持つ威圧感だろうか。
こうして見ているだけで、思わず腰が抜けそうになる。
カイルに抱きかかえられていなかったら、地面にへたり込んでいたかもしれない。
そして見間違いでなければ、あの生物はまっすぐにカイルを狙ってきた。
顔に大きな傷があり、向かって右側、片方の目が潰れている。
あれは――剣でできた傷、だろうか?
片方だけの目が、ぎらぎらとカイルを見下ろしている。
額からは二本の角が生えていたが、傷のある側の角がわずかに欠けていた。
だが、その姿には見覚えがある。
ステラも本の中で見た事があった。
「……竜……?」
初めて見る大型種が、目の前に立ちはだかっていた。
お読みいただきありがとうございます。大型種登場。
*しばらく更新お休みします。
*続きは来年お届けします。少し遅くなるかもしれませんが、のんびりお待ちくださいね。
*諸事情により、別の連載が割り込むかもしれませんが、ちゃんと完結までお届けする予定です。他にもいろいろ書いておりますので、お暇潰しにそちらもどうぞ。今年一年、お付き合いいただきありがとうございました!
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*別のお話で恐縮ですが、書籍が発売します。よかったらご覧になってくださいね。コミカライズもやっておりますので、お好きな方をどうぞ。
(※コミカライズの掲載はTL誌です。ご購入・閲覧の際には、事前に十分内容をご確認ください。大丈夫な方はぜひどうぞ!)




