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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-1

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40.大型種の登場


 目の前の光景が、ステラは信じられなかった。


 オレッセオでさえ手こずっていた魔獣の首が、次々と斬り飛ばされていく。残りの魔獣も背中を突かれ、はらわたを貫かれ、ほとんど一撃で絶命している。小型の魔獣が数匹、かろうじてその剣を逃れたが、他の人間を襲う前に討ち取られた。

 オレッセオの後ろから現れたのは、やはり第二騎士団の人間だった。


「一匹残らず仕留めろ。入口はどうなっている?」

「すでに仲間が待機しています。人家への被害はないかと」

「上出来だ。第三は?」


「辺境の方でも深刻な魔獣被害が出たため、今はそちらに。終わり次第来るそうです」

「そうか。小型と中型だけなら問題ない。この道を通る個体は逃すな」

「了解!」


 彼らはオレッセオの指示に従い、一斉に散開する。多少のブランクがあっても、その統率に揺るぎはない。まるで彼の手足のように動く。さすが実力主義はだてじゃない。そういえば、少し前までオレッセオは彼らの仲間であり、まとめ役だったはずだ。


 だが今は、それよりも。

 目の前には、(おびただ)しい数の魔獣の死体が転がっていた。


 暴走状態の魔獣は手がつけられず、凶暴性も格段に上がる。特に、人間の血肉に反応し、狂乱状態に陥るらしい。しかも、今回は集団発生だ。危険度は段違いに跳ね上がる。

 なのに――これは、なんだろう?


「あの、第四騎士団長殿。俺、今、夢でも見てるんでしょうか……?」

 新人騎士らしい青年が、呆然とした声で問いかける。


「いいや、現実だ」

 オレッセオが事もなげに答える。


「でも、あれ、黒毒蜥蜴(デモンリザードマン)ですよね? 魔獣の中でもかなり厄介な、ひとつ間違ったら即死レベルの……」

「即死ほどではない。気をつければ問題ない」

「それに、あっちは暴風牛(カウストーム)? 暗黒鶏(ブラックヘルチキン)まで……みんな中型種じゃないですか! なんであんな簡単に切り刻んでるんです?」


「あいつの腕は確かだからな」

「腕とかいうレベルじゃないですよ!? 丸太をハサミで切ってるくらいめちゃくちゃだ!」

「正確に言うと、丸太サイズの鉄塊をハサミで切っているくらいめちゃくちゃだな」


 どっちにしてもめちゃくちゃなのかと思ったが、それを聞いた騎士が呻いた。


「……さすが騎士団長殺し……噂以上だったか……」

「え?」


 変な事を聞いた、と思ったが、詳しく聞ける空気ではない。

 あれは勘違いだったはずだ。本人もそう言っていたし、周りもそう思っている。ただ、考えてみると、オレッセオは訂正しなかった。今まで、ただの一度もだ。深く考えた事はなかったけれど、もしかして、何か意味があったのだろうか。


 とにかく足手まといにならないように、ステラも身を守る事に専念した。


 カイルの動きはどうなっているのか、ここからでもまったく分からない。見えているはずなのに、視界に入ってこないのだ。気づけば次の魔獣が倒れ、スパンと首が飛んでいる。視界というより、視線だろうか。速すぎて目が追いつかない。


「――こんなもんか」

 やがて彼が呟いた時、大勢いた魔獣はすべて地に倒れていた。


「綺麗に斬ったから、全部使える。任せていいか?」

「はっ……はい!」

 すぐに第二騎士団の騎士が駆けていく。


「『使う』?」

 ステラが不思議そうな顔をすると、そばにいたオレッセオが教えてくれた。


「魔獣は肉だけでなく、その肉体すべてに使い道がある。爪、皮、鱗、どれも貴重だが、一番有名なのは素材だな。君も知っているように、第三騎士団で使用する魔導具には必要不可欠だ」

「ああ、そういえば……」


 それ以外にも使い出は色々あり、かなり珍重されているらしい。そういえば、以前にそんな話を聞いた事があった。


「ちなみに、中型クラスの魔獣をひとりで倒した場合、素材を売った三分の二の取り分がもらえる」

「……副団長って、もしかしてものすごくお金持ちですか?」

「それが、そうでもないらしい。使い道がないから、丸ごと寄付しているそうだが」


 この場合の「寄付」というのは現物支給だ。つまり、魔獣の素材を欲しがる者に提供しているという事だろう。その代わりに肉を加工してもらっているそうだが、いくらなんでも欲がない。

 後は飲み会などに提供しているらしいが、それでも微々たるものだという。剣を払ったカイルが、何か考えるように目を上げた。


「――オレッセオ! 見習いのやつらはどうなってる?」

 いきなり問われ、オレッセオがすぐに反応する。


「全員避難したはずだ。該当場所は確認してある。少し前に報告を受けたところだ」

「逃げ遅れたやつがいる可能性は?」

「ないとは思うが、今からもう一度見回る予定だ。それがどうした?」

「――妙だな、と思って」


 カイルがわずかに眉を寄せていた。


「妙?」

「辺境でも出たんだろ。集団発生。しかもこっちに中型が出た。それも複数。おまけに暴走状態だ。タイミングが良すぎないか?」

「確かにそれは思ったが……」


「それに、なんで今回は中型が出た? ここは小型ばっかりで、中型はめったに出ないはずだ」

「それは私も気になった。この分だと、辺境の方はもっとひどいかもしれないな」

「いや、逆だ」

「逆?」


 訝しげに眉を寄せたオレッセオが、次の瞬間はっとした。


「……まさか!」

「ああ、そのまさかだ」


 一気に緊迫した雰囲気に、ステラが内心で首をかしげる。

 どうやら二人とも心当たりがあるようだが、その表情は対照的だった。


 オレッセオは焦ったように、カイルは落ち着き払った顔で、目線が一度重なり合う。先に外したのはカイルだった。


「……面白い」

 唇に薄く浮かんでいるのは――ゾクゾクするような、獣じみた笑みだ。


 その時だった。


 急に空が曇ったかと思うと、すさまじい風が吹きつけた。

 吹き飛ばされそうになったステラの前に、オレッセオとカイルが立ちはだかる。他の面々も顔色を変え、めいめいに剣を構え直した。


「団長、これは……!?」

「――皆に告ぐ」

 オレッセオが緊張した声で言い放つ。


「直ちにこの森から退避せよ。逃げ遅れた者がいないか確認の上、森の入口を封鎖。同時に第三騎士団へ緊急連絡。最優先だ、急げ」

「緊急連絡? ですが、それは……」

「説明している時間が惜しい。いいか、今すぐ避難しろ。森を封鎖するんだ。誰ひとり中に入れるな。たとえ何があってもだ」

「わ……分かりました」


 彼らがすぐに駆けていく。

 ぱっと二手に分かれたのは、手分けして確認するためだろう。

 わずかに出遅れると、「君もだ、ローズウッド」と名前を呼ばれた。


「彼らの速度についていくのは大変だろうが、ここにいては危険だ。急いで彼らと共に行け。誰についても構わない」

「は、はい」

「――待て!」


 カイルが叫んだのと、いきなり横抱きにされたのはほぼ同時だった。

 すさまじい衝撃とともに地面がえぐれ、爆風が叩きつけられる。砂と土を含んだ風に、ばさばさと髪があおられた。


 乱れる髪をそのままに、呆然と目の前の光景を見る。


 そこにいたのは、見上げるほど大きな生物だった。

 大きさは人間の小屋よりもはるかに大きく、尻尾は大木のように太い。

 地面を踏みしめる二本の脚と、それを支える三本の爪。そのひとつひとつが、一抱えもある石ほどの大きさだ。


 その爪の一本が、先ほど地面をえぐったのだ。

 その生物は、最初から敵意をむき出しにしていた。

 いや――これは、殺意?


 その体躯は毒々しいほど赤く、ところどころが黒ずんでいる。

 腹のあたりに、古傷のような線が一本。


 トカゲにも似ているが、明らかに違う。ぞっとするような禍々しさを覚えるのは、その生物自身が持つ威圧感だろうか。


 こうして見ているだけで、思わず腰が抜けそうになる。

 カイルに抱きかかえられていなかったら、地面にへたり込んでいたかもしれない。

 そして見間違いでなければ、あの生物はまっすぐにカイルを狙ってきた。


 顔に大きな傷があり、向かって右側、片方の目が潰れている。

 あれは――剣でできた傷、だろうか?

 片方だけの目が、ぎらぎらとカイルを見下ろしている。


 額からは二本の角が生えていたが、傷のある側の角がわずかに欠けていた。

 だが、その姿には見覚えがある。

 ステラも本の中で見た事があった。


「……竜……?」


 初めて見る大型種が、目の前に立ちはだかっていた。

お読みいただきありがとうございます。大型種登場。


*しばらく更新お休みします。


*続きは来年お届けします。少し遅くなるかもしれませんが、のんびりお待ちくださいね。

*諸事情により、別の連載が割り込むかもしれませんが、ちゃんと完結までお届けする予定です。他にもいろいろ書いておりますので、お暇潰しにそちらもどうぞ。今年一年、お付き合いいただきありがとうございました!


*******


*別のお話で恐縮ですが、書籍が発売します。よかったらご覧になってくださいね。コミカライズもやっておりますので、お好きな方をどうぞ。


(※コミカライズの掲載はTL誌です。ご購入・閲覧の際には、事前に十分内容をご確認ください。大丈夫な方はぜひどうぞ!)

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