4.騎士団長殺し
騎士団長殺し。
といっても、本当に殺してしまったわけではない。
ただちょっと、そりの合わなかった当時の第四騎士団長を魔獣討伐の際に斬り殺しかけたというだけで……いや、「だけ」というには少々語弊があるのだが、とにかく何か事件が起こり、騎士団長が死にかけた。言ってみればそれだけの話だが――それだけってレベルでもないのだが――ただその、ちょっと、ほんのちょっとだけ、騎士団長とその周辺の被害が大きすぎただけだ。
おかげで、付いた呼び名が「騎士団長殺し」。あながち間違いとも言い切れない。
(いや、正確には騎士団長殺し未遂……?)
大差はない。
今では伝説と化しており、どこまでが本当か分からない。もう何年も前の話なのだ。そして、当時を知る人間もいない。少なくとも、第四騎士団には。
「あの事件をきっかけに、第四騎士団は消滅した。復活したのはつい最近だ。そして私がとばっちりを食って団長を命じられることになった」
「あ、あはは……」
「あの男は反省のかけらもなかった。本当に……一度叩きのめしておくんだった」
「団長?」
「ああいや、なんでもない。つい最近まで辺境で無期限謹慎処分だったが、ようやく復帰の運びとなった。どうせ戻ってからも色々と問題を起こすだろうから、先に心構えだけはしておくように。何かあったら言ってくれ。問題があれば私が殺す」
「だ、団長?」
「ああ、すまない。殺すのはやりすぎだな。半殺しだ」
言い直されても物騒だ。彼の口調が穏やかな分だけ、その発言が怖い。
「殺していただかなくても構いませんが、そんなに危険な方なんですか?」
「普段はまあ、それほどでは……いや、そうでもないな。物騒か。物騒だな。物騒だ」
三回言った。
とにかく気をつけるようにと念を押される。
「部屋は君の隣になる。私と彼とで君の部屋を挟む形だ。問題ないか?」
「もちろんです」
ご迷惑をおかけします、と頭を下げる。
「団員の安全を守るのも、我々の役目だ。気にすることはない。それと……ああいや、これは着いたら分かるだろう。その時に話す」
「? 了解しました」
部屋を出ると、ステラは頬をゆるませた。
(ご飯だ、嬉しい)
どうやら訓練直前に呼び出した事を気にしていたらしい。実際緊急の用事だったので、まったく不満はないのだが、真面目な団長は何かあったと察したのだろう。
正直、食事を確保されたとしても、何をされているか分からない。目の届く範囲以外で配られたものは口にするなと言われていたし、ステラもちょっと警戒する。それでも今日は空腹が勝ったが、結局は食べられなかった。
(以前はこんな心配しなかったのにな)
だがそれもしょうがない。
ステラが騎士団の寮に入ったのは、やむにやまれぬ事情ゆえだ。
騎士は男子が憧れる職業のひとつだが、入るにはそれなりの条件がある。
ひとつ、武芸に秀でている事。
ひとつ、文字の読み書きができる事。
ひとつ、集団生活に適している事。
他にも色々あるが、代表的なのはこの三つだ。
三番目の「集団生活」については、「え、そこまで?」と思わなくもなかったが、寮に入って実感した。なるほど、これは必須項目だと。
騎士になるための方法はいくつかあるが、この国では騎士学校に入るのが一般的だ。
期間は四年。年齢は十三歳を過ぎていれば入学可能で、基本の座学と実技を学ぶ。そこである程度の仕分けがされて、十五歳からは寮に入る。
いざ寮に入ってしまえば、衣食住は保障される。
寝起きは寮が原則だ。集団行動を学ぶため、貴族でも寮生活を送る。
寮の数は五つあり、王族と高位貴族を中心とした第一寮、実力主義の第二寮、特殊技能を持った第三寮、そして、それ以外が集まった第四寮、第五寮だ。
第一寮から第三寮までは同じ場所に建てられていて、俗に王宮寮と呼ばれている。騎士を目指す生徒達の憧れだが、入るには厳しい審査があり、一握りの優秀者しか認められない。ゆえに、もっとも高貴な血筋を除き、ここは少数精鋭だ。オレッセオも王宮寮の出身である。
第四寮と第五寮はそれぞれ離れた場所にあり、一般に騎士生寮と呼ばれる。こちらは間口が広いため、様々な人間が集まっている。
女子はほとんどいないが、いても特別扱いはされない。せいぜいが入浴や部屋割りくらいだ。
そこで二年間過ごし、名実ともに仲間となった彼らが騎士団の一員となるのだ。
騎士学校を卒業しても、すぐに正式な騎士になれるわけではない。
まずは二年、見習いとして働き、その後に正式な採用となる。運よく騎士学校を卒業できても、ここで適正なしとみなされる場合もあり、まったく気が抜けなかった。
ステラが見習い騎士として働き始めて、そろそろ三か月。
生活には慣れてきたものの、彼らとの関係は変わらない。今のところ、なんとか切り抜けているものの、果たしてこの先どうなるか。
オレッセオは元々第二騎士団に所属していたが、現在は第四騎士団の団長を引き受けている。理由はもちろん、前述の騎士団長殺しの一件だろう。あの事件の後、誰も引き受け手がない上、後任もいなかったためだ。
本人はしぶしぶだが、この上なく適任と言えるだろう。彼が団長でなかったら、第四騎士団はもっとひどい事になっていたに違いない。
ステラとは以前からの知り合いで、何かと気を配ってくれる。
とはいえ、すべてに目が行き届くわけではない。自分の身は自分で守る必要があった。
(でも、私は運がいい)
同じ騎士団の中に味方がいる。それはとても心強い事だ。
ステラが前にいた場所は、こことは大分雰囲気が違った。
そこでもステラはたったひとりの女子だったが、あまり不自由はしなかった。当時同じ寮だった人々がステラを可愛がり、やたらと構ってくれたせいだ。
彼らがいなくなっても、ステラは寮に留まった。とある理由により、卒業できなかったためだ。しばらくそこで暮らした後、寮も移動する事になった。
彼らと別れるのは寂しかったが、新しい仲間にも期待していた。
一体、どんな人と出会えるだろう。
――だが、入寮初日。
「お前かよ。卒業できなかった落ちこぼれってのは」
蔑みの言葉とともに、身体を突き飛ばされる。
後に第四騎士団の仲間となる彼らとの、甘くない初対面だった。