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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-1

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39/63

39.昔の名残


    ***



「ローズウッド、無事か?」

「は……はい」

「なんで逃げ遅れてんだよ。もうすぐ魔獣の群れが来るぞ、ここ」

 ちょっと笑った後で、まったく笑えないセリフを吐く。


「お前だけでも入口に連れて行きたいとこだけど、今からだと間に合わないな。まさかとは思うけど、これも作戦か?」

「そんなはずあるか。おそらく罠に嵌められたんだろう」

 オレッセオが顔をしかめる。


「あーなるほど。……へぇ」


 ふいに、ゾクッとするほどの寒気が走る。

 百周を命じた時と同じ気配だ。

 だがそれはすぐに消え、カイルはふたたび笑みを浮かべた。


「よかったな、ローズウッド。トカゲだ」

「はい?」

「これで一匹は食わせてやれる。ほんとに旨いぞ、この肉」


 嬉しそうに言いながら、頭を落としたトカゲの様子を確かめている。そんな場合じゃないのだが、うまく言葉が出てこない。幸い、カイルはすぐに立ち上がり、オレッセオ達の方に目をやった。


「なんだお前ら、まだそんな面倒臭いことやってんのか。一撃でいけ、一撃で」


 ステラの横を通過しながら、呆れたような顔で言う。すれ違い際、かすかに嗅ぎ慣れた香りがして、こんな時なのにほっとした。


「お前と一緒にするんじゃない。普通の人間にできる範囲というものがある」

 オレッセオがふたたび顔をしかめる。だがカイルは動じなかった。


「お前もっと強いだろ。経験積ませるのも大概にしとけよ」

「それもあるが、それだけではない。下手に深手を負わせて逃がす方が厄介だ」

「いや逃がすなよ」


 そう言うと、カイルが消えた。


 ――と思った次の瞬間、トカゲの頭が地面に落ちた。


「!?」


 仰天したステラをよそに、残りのトカゲも斬り飛ばされる。少し遅れ、首を失った四肢が倒れ込んだ。

 やって来たオレッセオがぼそりと呟く。


「相変わらずだな……本当に」

「だ、団長?」


「私はここから君の安全を最優先に動く。あいつは放っておいても大丈夫だ。むしろ我々の方がはるかに危険だから、くれぐれも注意するように」

「危険?」

「今あいつが言っていただろう。魔獣の集団発生、及び暴走状態(スタンピード)だ」


 その言葉が終わるよりも早く、最初と同じ、地響きの音がした。


「!!」


 魔獣が――それも、見た事もない数の魔獣の群れが、こちらに向かって押し寄せてくる。


「牛と、豚と……鳥もいるな。最高だ」

「全部魔獣だ。前から思っていたが、分類の仕方がおかしいぞ、お前は」

「食えそうなやつばっかりで何よりだ。当分肉には困らない」

「だからあれは魔獣だ。昔からお前の基準はおかしいと言って……来るぞ!」


 オレッセオが叫ぶのと、魔獣の一体が木々を薙ぎ倒したのは同時だった。


「取りこぼしたのは任せる。他はやっとく」


 そう言うと、カイルは軽やかに地面を蹴った。

 目にも留まらない速さで一匹目の魔獣に近づいたかと思うと、その首を一撃で斬り飛ばす。


「ああ、任せた」

 そう言うと、オレッセオも剣を構える。


「団長!? 副団長がひとりで、魔獣の群れに……!」

「問題ない、ローズウッド」

 前方を見つめながら彼が言った。


「あいつなら何の心配もいらない。君は自分の心配をするべきだ」

「ですが、ですが、万が一っ……」


「――14652」


 突然、彼が妙な単語を口にした。


「何の数字だか分かるか?」

「い、いえ」

「私が今まであいつと戦った回数だ。公式非公式、試合、喧嘩、腕試し、種類を問わず、ほぼすべての項目で」


「そ、それは……すごいですね」

「そうだろう。覚えている限りだから、くだらないことではもっと多い。これは単に力比べの回数だ」


 そして、と彼が続きを口にする。


「私が負けた回数だ」

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