37.≪閑話≫そのころ、辺境では
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「――間に合いますかね」
ちょうどそのころ。
国境の森からはるか遠く、風の中で呟く声がした。
「ちょっと厳しいな。まさか、あっちでも集団発生が起こるとは思わなかった。まあ、国境の方は小型しか出ないのが通例だし、こっちに割り振られるのは当然だろう」
すぐに別の声が答える。
先ほどの快活な声とは違い、深みを帯びた艶やかな声だ。
「ひとりは向こうに回してもいいんじゃないかと思いますよ? 第二騎士団の一部を向かわせたとはいえ、圧倒的に人手が足りない」
また別の声が答える。
こちらは男性の声なのに、たおやかと言っても差し支えない響きだった。
彼が目をやると、もうひとりの人物は肩をすくめた。
「……俺に振るな」
そう言った後、少し離れた場所にいる人物に呼びかける。
「なあイアン、お前はどう思う?」
「…………さあ」
その声に、イアンと呼ばれた人物が振り返った。
砂の色の髪をした、恐ろしく整った顔立ちの男だ。だが、その表情は凍りついたまま、にこりともしない。彼は金色の目を細め、乾き切った声で口にした。
「興味はありません。被害が出なければそれで」
「相変わらずだねえ、期待の大型新人は」
からかうような声音にも、彼はまったく動じなかった。
「無駄口を叩いていないで、警戒を怠らないでください。万が一、大型が出たら厄介です」
「だからここにいるんだが……まぁな。兆候があったって?」
「その通りです」
そう言った後、彼はついと指を動かした。
こちらに飛びかかってきた魔獣が、一瞬にして砂塵に呑み込まれる。
「お前、もう少し丁寧にやれって言われてるだろ。後処理が大変なんだよ」
「十分丁寧なつもりです。岩で潰すのはやめました」
「いやそれがお前の丁寧の基準なの?」
軽口を叩きながらも、男は軽く剣を振った。一撃で吹き飛ばされた魔獣がひしゃげ、地面に叩きつけられる。それを見て、イアンは冷たい目を向けた。
「よくそれで人のやり方にけちをつけられますね、団長」
「いやこれはついうっかり……。な、お前らもそう思うだろ?」
「聞こえません」
「聞こえません」
「聞こえませーん」
三人そろって言われ、男の顔が引きつる。
「……お前ら上官を敬う気持ちはないのか! こんのクソガキども……っ」
「団長、俺たち全員成人なんで、さすがにガキじゃないですよ」
「俺にとっちゃクソガキだ!」
言いながらも、彼の手は止まる事なく動き、次々に魔獣を吹き飛ばしていく。
不思議な事に、剣は魔獣にかすってもいない。それなのに、次々にその体が地面に積み上げられていく。残りの人間も似たようなもので、襲いかかってきた魔獣はすべて燃え上がり、あるいは水に貫かれ、風によって切り刻まれ、彼らに近づく事さえ許さなかった。
――王立第三騎士団。
中型以上の魔獣討伐の専門部隊であり、ことに魔法において、圧倒的な実力を誇る。
その中でも特に優秀とされる三人と、期待の新人。そして彼らのお目付け役である団長(苦労性)。先ほどから際限なく現れる魔獣のほぼすべて、彼らだけで対処していた。
「それにしても、面倒だな。いつ収まるか分からない集団発生のために、しばらくここに足止めなんて」
艶やかな声がため息をつく。彼は炎の属性だ。
「六年前の件もありますしね。備えておくに越したことはないですよ」
たおやかな声が笑みを含む。彼は水。ちなみに、快活な声は風である。
団長には及ばないものの、その実力は第三騎士団の中でも群を抜いている。
「ああ、あの集団発生の時の……」
「『騎士団長殺し』の……」
そう言った後で、「…ぷっ」という声が聞こえた。
「なっつかしいなー。あれ? そういえば辞令出てなかったっけ?」
「出ましたよ。ようやく古巣に戻れることになったそうです。今ごろ張り切ってるんじゃないですか?」
「んん? あいつの古巣って言えば、確か……」
そこで快活な声が首をかしげる。
「――今ごろ、国境の森で実習訓練してなかったっけ?」
「ええ、そうですね」
だから――と、水の魔法騎士が続けた。
「しばらくは安全だと思いますよ、彼ひとりでも」




