36.一刻も早く
***
***
ガキンッ!!
最初の一撃を受けられたのは、単なる幸運に過ぎなかった。
地面にへばりついたトカゲが、ふたたびステラへと襲いかかる。それをよけ、ステラは剣を突き出した。思い切った突きは、けれどその体に傷ひとつつける事さえできなかった。
(硬い)
先ほどの魔獣の毛も硬かったが、その比ではない。
鋼のような鱗が全身を覆い、強靭な肉体を守っている。これに傷をつけられるのは、よほど丈夫な剣か弓、もしくは槍か――それとも。
ステラは手に力を込めた。剣を構える両手を、強く強く握りしめる。
お願い。――お願い。
(力を貸して)
震える呼吸を整えると、ほんの少し落ち着いた。
大丈夫、まだできる。まだやれる。
トカゲが姿勢を低くする。細い瞳孔がステラを捉え、爪と尾を打ち鳴らす。カチカチという音が、ぞっとするほどくっきりと響いた。
襲いかかってきたトカゲの爪を、木に回り込む事でかわす。鋭い爪が木の皮をえぐる。ばらばらと木くずが飛び散った。
トカゲが前かがみになった隙を逃さず、一気に距離を詰める。狙うのは目だ。鱗と爪に守られていない、唯一の弱点。
チャンスは一瞬だ。次はない。
カイルに鍛えられていた剣筋は、正確に狙いをうがち、トカゲの眼球へと突き刺さる。
「ギャアアアアアッ!!」
トカゲが咆哮を上げてのたうち回る。その隙に、ステラは一気に駆け出した。
逃げ切れるかは分からない。けれど、今の自分では倒せない。せめて誰かに知らせないと。
この森で中型が出るとは聞いていない。きっと準備が足りないはずだ。
誰でもいい。誰かに伝えなければ。
「――中型がいます! 気をつけて!!」
叫んだ声は森の中に消えていく。
今どこを走っているのかも分からない。けれど、止まるわけにはいかない。使命感が体を突き動かす。転んでも起き上がって走り出す。もう一刻の猶予もない。早く、早く、早く。
集団発生だと言っていた。暴走状態だと。
なら――それは、中型の魔獣も含まれているのでは?
常に見張りを置いている辺境と違い、国境の森は守りが薄い。油断しているわけではなく、効率の問題だ。小型だけでなく、中型もしょっちゅう出現する辺境の森の方が危険度は高く、その分優先されている。国境の森に回す数を、辺境に割いているのが現状だ。
だがそれはつまり、国境の方が備えも、人材も足りていないという事だ。
そんな状態で、暴走状態の魔獣の群れに襲われたら。
オレッセオやカイルは気づいていないかもしれない。中型の魔獣がどこに出現するかは分からない。その前に被害が出たらおしまいだ。
(急がなくちゃ)
せめて、誰かに知らせないと。
誰でもいい。誰か、誰かに、伝えなければ――……。
「あ……っ」
その時、前方に影を見つけた。
「誰か……っ、聞いてください、中型が――」
その足が、止まる。
「…………うそ……」
先ほど逃げ切ったはずのトカゲと同じ種類。
それが、三体。
立ちすくむステラのはるか後ろで、木々を薙ぎ倒す音がする。
あのトカゲが追いついてきたのだ。
三体のトカゲが顔を動かし、ひくひくと何かを嗅ぐ。
ステラの剣には、先ほど目をえぐったトカゲの血がついているはずだ――彼らの、仲間の。
「……っ」
彼らに仲間意識があるという話は聞いていない。けれど、群れとして動くなら、あるいは。
そしてその場合、彼らはステラを敵とみなす。
先ほどとは違う。死角はない。――逃げられない。
(どうしよう……)
後ろから足音が迫ってくる。
あの爪がステラを捉えたら、今度こそ命はない。
カチカチと爪を鳴らす音がする。
次の瞬間、鋭い音が風を切った。




