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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-1

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36/63

36.一刻も早く


    ***

    ***



 ガキンッ!!


 最初の一撃を受けられたのは、単なる幸運に過ぎなかった。

 地面にへばりついたトカゲが、ふたたびステラへと襲いかかる。それをよけ、ステラは剣を突き出した。思い切った突きは、けれどその体に傷ひとつつける事さえできなかった。


(硬い)


 先ほどの魔獣の毛も硬かったが、その比ではない。

 鋼のような鱗が全身を覆い、強靭な肉体を守っている。これに傷をつけられるのは、よほど丈夫な剣か弓、もしくは槍か――それとも。


 ステラは手に力を込めた。剣を構える両手を、強く強く握りしめる。

 お願い。――お願い。


(力を貸して)


 震える呼吸を整えると、ほんの少し落ち着いた。

 大丈夫、まだできる。まだやれる。


 トカゲが姿勢を低くする。細い瞳孔がステラを捉え、爪と尾を打ち鳴らす。カチカチという音が、ぞっとするほどくっきりと響いた。

 襲いかかってきたトカゲの爪を、木に回り込む事でかわす。鋭い爪が木の皮をえぐる。ばらばらと木くずが飛び散った。


 トカゲが前かがみになった隙を逃さず、一気に距離を詰める。狙うのは目だ。鱗と爪に守られていない、唯一の弱点。

 チャンスは一瞬だ。次はない。

 カイルに鍛えられていた剣筋は、正確に狙いをうがち、トカゲの眼球へと突き刺さる。


「ギャアアアアアッ!!」


 トカゲが咆哮を上げてのたうち回る。その隙に、ステラは一気に駆け出した。

 逃げ切れるかは分からない。けれど、今の自分では倒せない。せめて誰かに知らせないと。


 この森で中型が出るとは聞いていない。きっと準備が足りないはずだ。

 誰でもいい。誰かに伝えなければ。


「――中型がいます! 気をつけて!!」


 叫んだ声は森の中に消えていく。

 今どこを走っているのかも分からない。けれど、止まるわけにはいかない。使命感が体を突き動かす。転んでも起き上がって走り出す。もう一刻の猶予もない。早く、早く、早く。


 集団発生だと言っていた。暴走状態だと。

 なら――それは、()()()()()()()()()()()()()()()


 常に見張りを置いている辺境と違い、国境の森は守りが薄い。油断しているわけではなく、効率の問題だ。小型だけでなく、中型もしょっちゅう出現する辺境の森の方が危険度は高く、その分優先されている。国境の森に回す数を、辺境に割いているのが現状だ。


 だがそれはつまり、国境の方が備えも、人材も足りていないという事だ。

 そんな状態で、暴走状態の魔獣の群れに襲われたら。


 オレッセオやカイルは気づいていないかもしれない。中型の魔獣がどこに出現するかは分からない。その前に被害が出たらおしまいだ。


(急がなくちゃ)


 せめて、誰かに知らせないと。

 誰でもいい。誰か、誰かに、伝えなければ――……。


「あ……っ」

 その時、前方に影を見つけた。


「誰か……っ、聞いてください、中型が――」

 その足が、止まる。


「…………うそ……」


 先ほど逃げ切ったはずのトカゲと同じ種類。

 それが、三体。


 立ちすくむステラのはるか後ろで、木々を薙ぎ倒す音がする。

 あのトカゲが追いついてきたのだ。


 三体のトカゲが顔を動かし、ひくひくと何かを嗅ぐ。

 ステラの剣には、先ほど目をえぐったトカゲの血がついているはずだ――彼らの、仲間の。


「……っ」


 彼らに仲間意識があるという話は聞いていない。けれど、群れとして動くなら、あるいは。

 そしてその場合、彼らはステラを敵とみなす。

 先ほどとは違う。死角はない。――逃げられない。


(どうしよう……)


 後ろから足音が迫ってくる。

 あの爪がステラを捉えたら、今度こそ命はない。


 カチカチと爪を鳴らす音がする。

 次の瞬間、鋭い音が風を切った。

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