35.≪閑話≫そのころの彼らは
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こんなのは予想外だった。
森を走りながら、ガロルドは内心で舌打ちした。
せっかくあの無能を罠に嵌めてやったというのに、これでは楽しみも半減だ。
おまけに、獣の血を投げつけて逃げた。やった事は当然だと思っているが、いざ無事に戻った後、彼女に告げ口されたらまずい。少なく見積もっても懲罰ものだ。どうにかして黙らせなければ。
いい加減に息が切れ、誰からともなく足をゆるめる。
「ったく、とんだ目に遭ったな」
森の入口まであと少しというところで、彼らはようやく声を発した。
「まさか集団発生が起きるなんて。せっかく身の程知らずのノーショアをいたぶれるチャンスだったのに」
ひとりが忌々しげな口調で言う。ステラの笛に細工した人物だ。
「なあ、でも、どうする? この騒ぎが収まった後、あいつに何かあったらさ……」
もうひとりが不安な口調で言う。彼は自分のした事がばれると怯えていたが、ステラを見捨てるのは一番早かった。狼煙に水を染み込ませたのも彼だ。
「別にいいだろ。逃げる途中ではぐれたって言えばいい」
なあガロルド? と聞かれ、ガロルドもああと頷いた。
ちなみに、今話した彼は脱衣騒ぎの時、ステラの右足をつかんでいた人物だ。
以前から彼女の裸に強い興味を示しており、訓練の際には執拗に服をめくろうとしていた。風呂ものぞこうとしていたようだが、オレッセオに気配を悟られたらしく、全力で逃げた。それ以来、一度も足を向けていない。
「あいつが何を言おうと、子爵家の人間には敵わない。あいつの言い分は通らないさ」
ガロルドが自信たっぷりに言う。だがその視線は、言葉の最後でわずかに揺れた。
「そ、そうだよな。俺たち全員が証言すれば問題ない」
ほっとしたように彼らが頷く。
「どうせあいつは平民だ。貴族の俺たちとは身分が違う」
「いっそのこと、魔獣を怖がって逃げたことにするか? 俺たちが追いかけたけど見つからなくて、仕方なく助けを呼びに行ったってさ」
「あ、それいい! そうしよう」
そこで安心したのか、彼らの口調も軽くなる。
「そもそも、こんなに慌てる必要なかったよな。俺たちには魔獣の血があるんだ。これを持ってれば安全だよ」
「ガロルドが手配してくれたんだろ? すごいよな、本当に」
「まあな」
まんざらでもない顔でガロルドが頷く。今感じた不安は、見なかった事にする。
ステラ・ローズウッドをおびき出し、森の中で置き去りにする。
森には魔獣が出る。彼女がパニックになるのは間違いない。そこまではよかった。
魔獣の集団発生と暴走状態は計算外だが、自分達に危険はない。
このまま森を抜ければ、かすり傷ひとつなく助かるだろう。彼女には気の毒な事になったが、仕方ない。これは緊急事態なのだ。見捨てても罪には問われない。
ただし、この事態がガロルド達の手で引き起こされたとばれなければの話だが。
偽物の地図を見せ、笛と狼煙が使い物にならないように細工して、獣の血を浴びせかけた。そんな事が分かれば話は別だ。おまけに、わざと奥に入り込み、森の中で迷わせた。
おそらく、ひとりで森を抜ける事は不可能だろう。その前に魔獣に見つかるはずだ。
運良く助かったとしても、その時は手遅れになっている可能性が高い。証言などできるはずもない。
たとえ彼女が無事だったとしても、醜聞など揉み消せる。彼女はひとりで、こちらは四人だ。全部彼女の妄想だと言ってやればいい。恐怖のあまり、錯乱したのだと説明すれば、こちらの言い分が通るだろう。
彼女が命に係わる大怪我をしても、万が一、命を落としたとしても、証拠はない。大丈夫だ。見落としはない――はずだ。
それなのに、どうしてこんなにも不安になるのか。
「ガロルド! 行こうぜ」
「あ、ああ」
そう、彼女の無事を祈るくらいはしてやってもいい。
何せガロルドはまだあの体を味わっていないのだ。こんな事になるなら、その前に無理やりにでも奪っておくんだった。そうしたら、こんな事を思わずに済んだのに。
(俺に逆らいやがって……岸無しが)
おとなしく言いなりになっていれば、こんな目に遭う事もなかったのに。
その時、ガロルドの背を何かがつついた。
「やめろよ、こんな時に」
わずらわしげに振り払ったが、ふたたび背をつつかれる。
振り向いて何か言いかけ、その口が「え」の形のまま固まった。
残りの仲間も完全に硬直している。
「え……」
「ち……」
「……中型の」
大きなトカゲに似た魔獣が、爪を鳴らして立っていた。




