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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-1

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33/63

33.魔獣の集団発生


    ***



(泣かせてやる)


 ガロルドは燃えるような目を向けていた。

 あの平民同然のみなしごの娘――岸無し(ノーショア)のローズウッド。


 自分の命令を拒み、その要求に従わず、あまつさえ手ひどくはねつけた。

 組み敷いた体の柔らかさに、思わず喉が鳴ったのを覚えている。

 思ったよりも胸はあり、髪からはいい香りがした。肌はなめらかで、香油でもつけているように艶やかだった。


 騎士団長の使う浴室を使用しているから、付属品もそれを使っているのだろう。もしかすると、特別支給されているのかもしれない。何しろ、騎士団における女性の存在は珍しいから。


 薄い夜着に包まれた体は華奢で、むしゃぶりつきたくなるほどだった。もしそうしていたら、今ごろは自分の言いなりだっただろう。

 そう思うと、逃した魚の大きさに歯噛みしたくなる。それだけでなく、思い通りにならなかった悔しさにもだ。もし邪魔が入らなかったら、あんな薄い布地、一息に剥ぎ取ってしまえただろうに。


 大部屋で吊るし上げた時もそうだった。

 おとなしく命令に従っていれば、彼女の裸を拝めていた。それだけでなく、もっと際どい事もさせていた。実際、それを期待していた連中も多かっただろう。ガロルドもそうするつもりだった。


 もっとも、実際に楽しむのは自分だけで、あとは見物させるくらいに留めるつもりだったが。


 模擬戦で戦った時もそうだった。

 あと少しだったのに、最後で失敗してしまった。

 その結果、彼女はガロルドに勝ち、友人と呼べる存在を手に入れた。


 新しく仲間になった彼らは、今まで自分に従っていたはずの人間だった。

 平民や男爵家の次男以下で、それまでは物の数にも入れていなかった連中だ。それなのに、今は彼女の味方になり、少しずつ打ち解け始めている。

 すべて計算外の出来事だ。


 おまけに――自分を拒む際、彼女が口にした名前。


 ――助けて、副団長!


「あの平民……」


 ギリ、と唇を噛みしめる。

 あの男の事は最初から気に食わなかった。


 平民のくせに、第四騎士団副団長という地位を与えられ、自分達の上に立つ目障りな男、カイル・リバーズ。


 騎士団長殺しという二つ名に気後れしたのは最初だけ、実際は平凡な男だった。

 多少剣の腕は立つが、それだけだ。いつも眠そうな顔をして、何をしても怒らない。感覚が鈍いのか、嫌がらせにも気づいていないようだった。顔だけは多少目を惹くものの、取り立てて目立つところのない、ただの凡人。


 それなのに、時折見せる眼光はガロルドをすくませ、怯えさせた。その事がまた腹立たしい。


 ――あいつさえいなかったら。


 あまつさえ、彼は何をしたのか、自分の家に働きかけて、婚約の話を凍結してしまった。どんなに理由を聞いても無駄だった。


 子爵家の妻になれるという栄誉を拒む愚かな娘と、それを守る平民の男。

 どちらも目障りだが、片方は何をしても手に入れる。

 たとえ泣き叫ぼうと、慈悲を請おうと許さない。その時は、徹底的に嬲り尽くしてやる。彼女の心が壊れるまで。


 そう――きっといずれは、婚約の凍結も終わるはずだ。


 相手はただの平民と、母親を亡くした男爵家の娘だ。子爵家である自分に勝てるはずがない。

 だからこそ、今のうちに上下関係を叩き込んでやる。


 ステラ・ローズウッドをひとり森に取り残し、危険な目に遭わせる。

 獣の血は魔獣を引き寄せ、彼女は逃げ惑う事になるだろう。恐怖を覚え、泣き叫び、ガロルドに助けを求めるはずだ。そうしたら、交換条件を出せばいい。


 自分の言いなりになる事、妻として逆らわないと誓う事、自分が望んだら、どんな命令にも従う事――。


 想像するだけで笑えてくる。

 へらへら笑い、自分の命令に従っていた彼女も悪くなかったが、自分の意志を持ち、その上でガロルドに踏みにじられる娘の方が、ずっと征服のし甲斐がある。


「……っ、……っ!」


 視線の先では、必死に剣を振る少女の姿がある。

 早速血の匂いに引き寄せられたらしい。小型の魔獣がステラに襲いかかっている。


 大きさは山犬ほどだが、油断すれば手足の肉を食いちぎられる。小型とはいえ、凶暴な種類だ。

 たっぷりと魔獣の血を持つ自分達には近寄ってこない。そのため、安心してこのショーを見ていられる。


「なあ、ガロルド。そろそろ助けるか?」

 そばにいた仲間が小声で問う。


「まだだ。まだ見てろ」

「けどさ、さすがにまずいんじゃないか? ひとりじゃやばいだろ、あれ」

「いいんだよ。見てろ」


 にらみつけると、彼らはもごもご言いつつも引き下がった。

 口の中で舌打ちし、ガロルドがふたたび前を見る。


 ――ステラ・ローズウッドは強くなった。


 このままでは自分に従わせる事は難しい。全部あの平民のせいだ。だから今は弱らせて、傷だらけにして、逆らう力を奪ってやる。

 心をへし折られ、魔獣に襲われる恐怖に怯え、希望も勇気も踏みにじられれば、少しは扱いやすくなるだろう。


 だから――。


「っ!」

 魔獣の爪がステラの肩をかすめた。彼らがあっと息を呑む。


「やばいよ、ガロルド。やりすぎだって」

「俺らのしたことが知られたら、懲罰ものだぞ。そろそろ助けないと」

「まずいよ。団長に殺される」


 彼らはステラが気に食わないが、自分達の罪を追及されるのも怖いのだ。それくらいなら、ここで助けた方がいいと考えている。ステラへの思いやりではなく、ただの保身だ。

 それはガロルドも同感だったが、まだ惜しいと考える自分がいた。


「待てって。もう少しだけ追い詰めて、泣かせた方が面白いだろ? 助けてって言われたら助けりゃいい」

「そ、それはそうだけど……」

「また服が脱げて、いいものが見られるかもしれないぜ?」


 その言葉に、彼らはごくりと唾を呑み込んだ。この間のステラの姿態を思い出したらしい。


「じ、じゃあ……もう少しだけ」

「あ、ああ。そうだよな」

「もう少しだけなら……」

 その時だった。


「――――ハッ!」


 鋭い気合いとともに、魔獣に深々と剣が刺さった。

 どっと倒れた姿をそのままに、ステラが剣の血を払う。

 その呼吸は荒く、肩で息をついていたが、油断していないのは明らかだった。


「……嘘だろ」

「ひとりで……」

「魔獣を?」


 彼らがぽかんと口を開ける。

 ガロルドも間抜けな顔を晒していた。


「な……」


 ――なんだって?


 小型とはいえ、魔獣は魔獣だ。見習いの、しかも女ひとりで仕留められるはずがない。

 まして相手はローズウッドだ。剣の腕は平均程度、筋力もなく、体力も並み以下。明らかに第四騎士団のお荷物のはずだ。だからこそ、皆に馬鹿にされ、見下されてきた。

 それなのに、今は。


(あいつのおかげなのか……?)


 まさかとは思うが、ステラの剣が見違えるほど上達したのはそのころだ。


「な、なあ、どうする?」

 彼らが慌てたように囁き合う。


「俺らも一緒に倒したってことにしないと、ばれた時がまずい」

「悪ふざけってことにすればいいんじゃないか? で、助けるために戻ってきた」

「ガロルド! それでいいだろ?」

「あ……ああ」


 ガロルドもこんな状況は想定していなかった。

 ステラをひとりぼっちにして困らせ、不安にさせて、泣かせるのが目的だった。そうすれば、二度と自分に逆らわなくなるだろう。言ってみればそれだけのつもりだった。

 それなのに。


「お……おい! また魔獣が」


 その時、新しい魔獣が現れた。

 その気配を察していたらしく、ステラが剣を握り直す。


「なぁ、二匹目が出るの、早くないか?」

 彼らのひとりが不安そうな顔になった。


「前は全然遭遇しなかったのに。それに、なんだか様子がおかしいような……」

「獣の血のせいか? それにしても……」

「っ!」


 飛びかかってきた魔獣の爪をステラがかわす。だが、まだ疲労が抜けていない。息が上がり、汗が滴り落ちている。


「ま……まだだ。ここで見てるんだ」

「けどさ……」

「死にそうになったら助けてやるよ。それまでは駄目だ」


 ガロルドが口の端をゆがませる。

 その時だった。

 森を切り裂くように、鋭い笛の音が響き渡った。


「!?」


「なんだ!?」


 それは一度ではなかった。森のあちこちから、けたたましい笛の音が鳴り響く。

 その音に驚いたのか、魔獣がその場から逃げ出した。

 それと同時に、狼煙が空を覆っていく。

 ひとつ、二つ、三つ……四、五、七、十。


 明らかに尋常な様子ではない。不安げに彼らが目を見交わした時、遠くから声が響いた。


「――魔獣の集団発生を確認! 数はおおよそ百! 暴走状態(スタンピード)だ!」

「な……っ!?」

「全員退避、速やかに逃げろ! できるだけ早く、森の外へ! 巻き込まれるぞ、急げ!」


 それとほぼ同時に、地響きのような轟音が鳴り響いた。

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