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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-1

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32.トラブルと罠


 その時、ガロルドを呼ぶ声がした。


「あっ悪い、ローズウッドはそこにいてくれ。女の子には見せられない。ちょっと、変な場所を虫に刺されて……」

「分かった、すぐに行く」


 すぐにガロルドが歩き出す。後を追いかけようとしたが、「可哀想だから見るなよ。待っててやれって」と言われたために動けなくなった。


「あの、大丈夫?」

 ステラの問いに、「平気平気」と返事が来る。


 でも絶対に来ないでほしいと念を押され、仕方なく待機する。残りの二人も手当てに参加しているようで、「もう少しだ」、「しっかりしろよ」と声がしている。

 しばらくして、慌てたような声がした。


「ローズウッド、来てくれ!」

「どうしたの!?」

 その声は先ほどの場所からやや遠ざかっていたが、大体の位置は把握できた。


「どうしよう、まずい、助けてくれ!」


 草をかき回す音がして、ふたたび叫び声がする。その中にはガロルドの声も交じっていた。

 数人で逃げまどっているらしく、「来てくれ、早く!」、「助けて!」、「殺される!」と叫んでいる。反射的に駆け出そうとして、ステラは笛の存在を思い出した。


(そうだ)


 助けを呼ぼうとして吹き鳴らしたが――鳴らない。

 見ると、音の出る部分に透明な樹脂が塗られ、使い物にならなくなっていた。


 直前の点検ではなんともなかったはずだ。一体どうして、と思ったところで、班のひとりが見せてほしいと言ってきた事を思い出す。あの時に何かされたのかもしれない。


(うかつだった)


 すぐに返してくれたし、妙な事をしている気配はなかった。それに、彼は本当に申し訳なさそうな顔で言ってくれたのだ。


 ――今までごめんな。何事もなく帰れるように、おまじないだよ。


 そう言われれば、断る事は難しかった。


 すぐに確認した時は問題なかったはずなのに、時間差で固まる仕掛けだったらしい。軽く鳴らしたが、その時はちゃんと鳴っていた。

 彼らの目を気にして、思い切り吹き鳴らしてみなかった事が悔やまれる。そうすれば、気づけていたかもしれないのに。


 だったら狼煙をと思ったが、それにも水が染み込まされていた。これも直前の点検ではなんともなかったから、その後に細工されたのだろう。こんな時にと歯噛みしたくなる。


「ローズウッド、こっちだ、助けて!」

「早く! お願いだ!」

「来てくれ! うわああああっ」

「みんな、どこにいるの!?」


 けれど、迷っている暇はない。

 声のする方へとステラは足を急がせた。


 こんな嫌がらせを仕掛けてくるような相手でも、仲間は仲間だ。見捨てるわけにはいかない。何かあったなら助けなければと思い、必死に後を追いかける。


 声は近づいたかと思うと遠ざかり、なかなか追いつく事ができない。ようやく開けた場所に出た、と思った時、ドンッと背中を突き飛ばされた。


「引っかかったな、ローズウッド!」


 嘲笑交じりの声とともに、何かが投げつけられた。

 顔に当たったそれはどろりとして、思わず袖口で拭う。錆びたような香りが鼻につき、ステラはわずかに眉を寄せた。


「ガロルド。何のつもり?」

「まだ気づかないのかよ、岸無し(ノーショア)。お前は俺らの仲間じゃねえよ」

 少し離れた場所にいるガロルドが、蔑んだ笑いを浮かべていた。


「ちょっとやさしくしたら信じやがって。みじめだよな、本当に」

「……だましたの?」

「だまされる方が悪いんだぜ? 天然のローズウッド」


 他の三人も同じような表情をしている。嵌められた、とステラは悟った。

 笛の時も、狼煙の時も、注意はしていたつもりだったのに、まるで気づかなかった。自分の未熟さを痛感する。相手が狡猾だという事もあるが、己が迂闊だったのだ。


 けれど、まだ大丈夫だ。

 地図は頭に入っている。剣もある。水もある。他の人々のところに戻れば問題ない。

 そう思った時だった。


「お前さ、まだ分かんねえの?」

 それを見透かしたようにガロルドがせせら笑った。


「お前に本物の地図を見せるはずないだろ。あれは俺たちが作った偽物だよ」

「……!!」


「あの小道から、めちゃくちゃに走ってきたろ? 元の道に戻ることはできないぜ。ああそうそう、ひとつだけ本当のことがある。お前に渡した革袋、あれだけは本物だよ」

「何……」

「役に立つって言っただろ? きっと役に立つはずだ」


 ガロルドは半笑いを浮かべていた。出せよ、と言われて首を振る。こんな状況で言いなりになれるわけがない。


「まあ、出さないならそれでもいいけど。たったひとりでどこまでできるか見ものだな」

「待っ――」


 ステラが追いかけるより早く、ふたたび何かを投げつけられる。今度は目つぶしのようで、ステラは目が開けられなくなった。


「じゃあな、岸無し(ノーショア)! ひとりで頑張れよ」

「泣いて見捨てないでって頼んだら許してやるよっ」

「無事に森を抜けられるといいな!」


 アハハハっと笑いながら、草を踏む音が遠ざかっていく。目が開けられるようになった時にはもう、近くに誰もいなかった。


「どうしよう……」


 ガロルド達の目的ははっきりしている。ステラへの嫌がらせだ。

 この森でステラをひとりにして、困る姿を楽しもうというのだろう。もしかすると、怪我くらいしても構わないと思っているのかもしれない。そうでなければ、こんな危険な真似をするはずがない。


 これはいつもの嫌がらせとはレベルが違う。ひとつ間違えば、取り返しのつかない事になる。

 彼らにそれが分からないはずがない。――それなのに。


 そこでふとステラは気がついた。

 先ほどガロルドに投げつけられた何か。あれは――あれは。


 ()()()だ。


「!!」


 ステラは息を呑んだ。


 魔獣の出るこの森で、獣の血を浴びせる事。それがどういう意味を持つか、彼らも理解していないはずがない。

 殺されるまではいかなくとも、大怪我を負う可能性は十分にある。ましてステラは今、たったひとりだ。他に助けてくれる人はいない。

 彼らの悪意を肌で感じ、ステラは身を震わせた。


(落ち着いて)


 まだ大丈夫、とステラは思った。

 彼らは殺し屋でもなんでもない。ただの同期であり、同じ班の人間だ。

 いくら自分を見下していても、本気で命を奪おうとまでは思わないはずだ。ただ、気に食わない自分(ステラ)に怖い思いをさせ、泣かせてやるのが目的なだけ。


 その結果、「少しくらい」何かあってもしょうがない。その程度の思惑だろう。

 だとすれば、これ以上の事は考えていない。


(とにかく、元の道に戻らなくちゃ……)


 ここで焚火を上げる事も考えたが、火石も細工されているだろう。それ以前に、獣の血が染み込んだ体のまま、ひとりでここにいるのは危険だ。

 もしかすると、ガロルド達はどこかで見物しているのだろうか。そして、本当に危なくなったら助けるつもりなのかもしれない。


 けれど、そううまくいくはずがない。

 予想外の出来事が起こった場合、責任を取れる人間はいないのだ。

 そしてこの場にいるのはステラひとりだ。


 どう考えても、最悪だった。

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