31.実習開始
ステラの班は森の入り口、正面から少し右手側を探索するようにと命じられた。
オレッセオは一番奥、カイルは少し離れた場所だ。
「皆、気を引きしめてかかるように。魔獣を見つけ次第、力を合わせて討伐しろ。方法は分かるな?」
「はい!」
全員が一斉に返事する。
「小型の魔獣は狩っていい。だが、無理はするな。手ごわいと分かったら、すぐに我々に連絡しろ。特に中型の場合は、今のお前たちでは難しい。この森での目撃情報はないが、油断するな。その時はただちに笛を吹け。狼煙も忘れるな。くれぐれもひとりで対処しようと思わないように」
「分かりました!」
「では、討伐を開始する」
この森には小型の魔獣が出現する。
小型とはいえ、人間を襲う種類であり、油断はできない。
見つけた場合は五人一組となり、ひとりが他班に知らせる役、残りの四人で討伐に取りかかる手はずとなっていた。
ステラの班は、ガロルドとその仲間で構成されている。
最初は警戒していたものの、オレッセオとカイルの目の届く範囲で何かするつもりはないらしく、表面上は問題なく過ぎた。ただし、ステラを変な目つきで見るのは変わっておらず、それが少し不気味だった。
まだ緊張は解かぬまま、ステラは注意深く彼らを観察した。
(今のところは大丈夫。このまま気をつけないと)
ガロルドと仲直りしたという実績が必要だ。少なくとも、今の第四騎士団には。
今回の実習が無事に済めば、他の仲間達が助かるだろう。それはステラも望む事だ。
自分さえうまく立ち回れば、問題はない。
(だけど、この森……)
以前に来た時は何も感じなかったのに、今日はなんだか変な気がする。
うまく言葉にできないけれど、胸の奥が落ち着かない。
気のせいならいいのだけれど……。
「そうだ、ローズウッド。忘れてた」
その時、ガロルドに声をかけられた。
「これ、やるよ。お前に」
「え……?」
差し出されたのは革袋だった。中には何が入っているのか、ずっしりと重い。
手のひらに載るほどのサイズで、口は固く閉じられている。
持った感じだと、水分か何かだろうか。水筒は各自用意してあるし、実習に持ってくるにはふさわしくない。
「これは?」
「まあ、お詫びの印ってとこかな。まだ開けるなよ」
袋を持ったままのステラを制し、引きつった顔で笑う。
「そんなに警戒するなって。悪かったと思ってんだよ……一応」
「ガロルド?」
「俺と仲直りする気なら、受け取ってくれ。頼む」
重ねて言われ、ステラは困惑した。
こんな状況で正体不明の革袋など、受け取れるはずがない。けれど、ガロルドはそれを見越したように言った。
「もちろん、捨てたっていいぜ? けど、それをあいつらに見せれば、間違いなく俺と仲直りしたことが分かるはずだ。それはお前にとっても都合がいいんだろ、ローズウッド?」
「それは……」
「だったら、受け取ってくれよ。そうだな、困ったことがあれば開けてくれ。そしたら理由が分かるはずだ。俺がなんでそれを渡したかってことがな」
謎かけのような言葉に、ステラはますます困惑した。
意味が分からないし、何より怖い。これが嫌がらせの一環でない保証などどこにもない。こわごわと見つめたまま、できるだけ体から離して聞く。
「中身は何?」
「だから、まだ言えない。けど、役に立つものだ」
「だから何?」
「あとのお楽しみだよ。それと、すぐ開けたら効果はなくなるからな。くれぐれも困ってからにしてくれよ」
念を押され、ステラはわずかにためらった。
明らかに怪しい。けれど、嘘をついているようにも見えない。
ローズウッド、と名前を呼ばれた。
「本当に、悪かったよ。許してくれ」
「ガロルド……」
「仲直りがしたいんだ。だから、どうか受け取ってほしい。――頼む」
深々と頭を下げられれば、それ以上断れるはずもない。ステラはぎこちなく頷いた。
「……本当に、信じていいの?」
「もちろんだ」
ほっとしたのか、ガロルドが嬉しそうな顔で笑う。
それからは、少しだけ会話を重ねた。
あの辺りが怪しいとか、あれは獣の足跡だとか言いながら、決められた場所を探索する。彼らに不審な様子はなく、ようやくステラも安心してきた。
(本当に仲直りするつもりだったの……?)
だとすれば嬉しい――のだけれど。
その時、茂みが動く音がした。
「!」
反射的に体を向けた先で、野兎が飛び出していく。ほっと息を吐くと、ガロルドが「今の、捕まえればよかったな」と舌打ちした。
「駄目だよ。団長に言われたでしょう? 魔獣討伐の時は、絶対にそれ以外の鳥や獣を傷つけないようにって」
「あーまあ、そうだっけ」
「すごく危険だから、十分に注意するようにって。あれほど念を押されたじゃない」
魔獣は鼻が利くと言われる。
特に生き物の血に反応し、遠くからでも嗅ぎつける。だから魔獣をおびき出すのに獣の血は有効だが、一度に集まれば命が危ない。そのため、討伐の際はできるだけ血を流さず、魔獣だけを狩るようにと言われていた。
とはいえ、討伐が始まってしまえば、こちらの流血は避けられない。だがその時には魔獣自身も傷を負っている。魔獣の血には、別の魔獣が寄ってこないという作用がある。そのため、必然的に他の魔獣除けにもなる。
ただし、これにも例外はある。
血を流した魔獣よりも強い個体だった場合、逆にその血に引き寄せられて、獲物を狩りにやってくる。
「よく覚えてるな、ローズウッド」
「あれだけ注意されたもの。さすがに忘れないよ」
それよりも、とステラは言った。
「少し奥に入りすぎてるんじゃない? そろそろ戻らないと」
「いや? もう少し先まで探索しろって命じられてるはずだぜ。ほら、地図でもそうなってる」
一班につき一枚の地図が支給されており、簡単な森の図が描かれている。
ガロルドが見せてくれた地図には、該当場所に×印が書かれていた。それによると、確かにもう少し奥まで向かう必要がありそうだ。――だが。
(何か、おかしい……)
森とはいえ、入り口付近はそれなりに人の手が入っており、小道のようなものまである。ステラ達はそれに沿って探索している。だから地図も有効なのだ。
けれど、どこかがおかしい。
「もう一度、地図を見せてくれない?」
ステラが頼んだが、ガロルドは首を振った。
「もう見ただろ。何が不満なんだよ」
「そうじゃなくて、確認したいの。やっぱり奥に来すぎてる気がする。地図では正しいはずだけど、なんだか――おかしい」
「そんなはずあるかよ。初めての討伐だからって、緊張してるんじゃないか?」
「そんなことは……」
「――おい、ガロルド! ちょっと来てくれ」




