3.副団長の帰還
団長のいる部屋は扉が二重になっていて、ひとつめの扉を開けると、すぐ脇に湯浴みできる小部屋がある。
ノックをすると、「どうぞ」という返事が来た。
「失礼します、団長。お湯を使わせていただけますか」
「構わない。入れ」
オレッセオは内側の扉を開け放してある。来客に気づきやすくするためでもあるが、ステラの入浴中、誰かが入ってこないよう見張るためでもある。かつて、女性騎士が危ない目に遭った経緯から、警戒が強化されるようになったのだ。
本来は女性騎士を一堂に固め、まとめて行動させるのが効率的だが、それはそれで身分的な問題があったらしい。それくらいなら、位が低い側が不利益を被る方がよほどましだという結論に達したようだ。
ステラは一応男爵令嬢だが、ここでは平民扱いだ。継母の意向で、家の名前は使わせないという事になった。今の姓は、昔の仲間がつけてくれたものだ。本当の姓はリンゼイという。
ステラ・リンゼイ。それがステラの本名だ。だが、ここでは名乗る事がない。
団員の中でも、ステラが貴族令嬢だと知っている者はいないだろう。例外は団長のオレッセオくらいだ。
礼を言い、手早く髪と体を洗うと、ステラはすぐに小部屋を出た。
「お湯をありがとうございました。失礼いたします」
「相変わらず、手際がいいな」
ちょっと待て、と呼び止められる。
「夕飯を食べ損ねただろう。持っていけ」
「……わぁっ」
手渡された包みに、ステラの目が輝いた。
「パンに肉と野菜を挟んでおいた。あとはチーズだ。何もないよりましだろう。よかったら食べるといい」
「ありがとうございます、団長!」
「……前々から思っていたが、一度私から言った方がいいのではないか」
「いえ、それは」
首を振り、ステラはへにゃっと眉を下げた。
「自分でどうにかしたいです。もうしばらくは見守っていただければと」
「……そうか。そうだな」
ふっと息をつき、少しだけ楽しげにステラを見る。
「先ほどのやり取りは見事だった。ハーヴェイから言質を取ったな」
「どう呼んでも絡まれるので、一度どうにかしないとなーとは思ってました。そうだ、団長。防具や模擬戦用の剣ですが、剣はともかく、防具は部屋に置いておいても構いませんか?」
「何かあったのか」
「特に問題はないですが、その方が便利かなと」
「……分かった。許可する」
剣についても考えておくと言われ、ステラはほっとした。
「……君は強いな、ローズウッド」
「私がですか?」
「ああ、強い。その強さを大事にしろ。だが、無理はしすぎるな」
それはよくない、と指摘される。
「無理は必要だが、しすぎるのは逆効果だ。鍛えすぎれば身体を痛め、締めつけすぎれば心を損なう。君はそのバランス感覚が見事だが、彼らの態度は目に余る。行き過ぎだと判断すれば、私が動く。それは覚えておくといい」
「分かりました。ありがとうございます」
「それにしても、大きくなったな。あの時の子供が、まさかこんなに立派に成長するとは」
オレッセオの目がなつかしそうな色を宿す。
「当時の同期は、みな元気でやっているようだ。君はどうして彼らと一緒の進路を選ばなかった?」
「あそこは色々と制約があるので……。それに、根本的な問題もありましたし。みんなと一緒というのは無理ですよ」
「そういえばそうだったな。君と話していると、つい忘れそうになる」
「今の同期とも、もう少し仲良くできたらいいんですけど。落ちこぼれなのは本当ですし、そもそも私は女ですし」
「以前はうまくやっていただろう。当時の仲間とも、信頼関係があったはずだ」
「そうですね……」
そこでステラはへらっと笑った。
「彼らとは気が合いましたけど、全員とうまくいくわけじゃないです。それに、ここで頑張るのも彼らとの約束でしたし」
「そこが分からないな。君にとっての適性は、少なくともここではないはずだ」
「さあ、どうでしょう」
曖昧に微笑むと、彼はちょっと肩をすくめた。
「まあ、私が言っても仕方ない。君がここで頑張っているのは事実だ」
「できればその先も頑張りたいです」
「私も君の面倒を見るのは楽しいがな。残念なことに、そうもいかない」
「どうかしたんですか?」
目を瞬くと、彼は一枚の辞令を見せた。
「どうせ明日には明らかになるから、先に言っておく。この第四騎士団に副団長が戻って来ることになった」
「副団長、ですか?」
ステラの問いに、彼は重々しく頷いた。
「君も名前だけは知っているな。カイル・リバーズ。悪名高き『騎士団長殺し』の当人だ」