29.新たな火種
「え? ううん、まだ決めてない」
彼らと仲良くなる前に班分けの話があったため、ステラと組んでくれる人はいなかった。
「なら俺と組まないか。五人一組が原則だから、あと三人必要だが」
「……いいの?」
目を瞬くと、彼は事もなげに頷いた。
「お前の腕は確かだし、そうしてくれると俺も助かる。どうだ?」
「あっずるい、ラグラス。俺も誘おうと思ってたのに」
すぐに別のひとりが乗ってくる。
「じゃあオレも一緒がいいな。それで四人? あとひとりじゃん」
「なあなあ、それなら俺も参加したい。ちょうど五人だし、それでいいだろ?」
口々に言われ、ステラは目を輝かせた。
「嬉しい。よかったら一緒に――」
「待ってくれ!」
その時だった。
つかつかとやってきたガロルドが、ステラの前に立ちふさがった。
「ガロルド……何?」
あの日以来、ステラの事を徹底的に避けていたはずなのに、どうした風の吹き回しか。
不穏な様子に、しんと彼らが静まり返る。
ガロルドの表情は硬いまま、きつく口を引き結んでいる。今にも舌打ちをしそうな表情だったが、彼の口から出たのは思いがけない一言だった。
「お……俺と、組んでくれ」
「え?」
「お前と組みたい。その……い、色々あったけど、ご――誤解を解きたくて、今までのこと」
聞き間違いかと思ったが、ガロルドはこちらを見つめている。一瞬、不愉快そうに口元がゆがんだが、それを押さえつけるようにして、いびつに笑う。
「ちゃんと話したいんだ……お前と」
「ガロルド……」
「その証として、俺と組んでくれ。ローズウッド」
正直、手放しで頷く気にはなれなかった。
今でもガロルドの事は怖いし、そばに来られると身がすくむ。
何度も裸にされかけた事、体を触られそうになった事、寮の部屋で襲われかけた事。どれもステラの記憶に刻まれている。そんな相手と組んでも、うまくいくとは思えない。
だが。
「……そうなのか?」
「ローズウッドと、仲直り?」
「本当に?」
そばにいる彼らの顔がぱあっと明るくなる。
そうなのだ。
彼らは平民出身だ。貴族であるガロルドには逆らえない。おまけに彼は第四騎士団でもリーダー的存在であり、他の団員にも顔が利く。
ガロルドの意向に逆らっているという事実は、彼らにとって相当なストレスだったに違いない。手放しで歓迎するムードに、ステラは嫌だと言えなくなった。
「……大丈夫か、ローズウッド」
ひそりとラグラスが囁く。
「不安なら断れ。俺が盾になる」
「ラグラス……」
「今までの償いにもならないが、それくらいはできる」
遠慮するなと、ステラを気遣う発言をする。ステラは無理やり笑みを浮かべた。
「ううん、大丈夫。ありがとう」
彼の家も男爵家だ。子爵家には逆らえないと、少し前に言っていた。だとすれば、こうしてステラをかばう事さえ負担になる。
もちろん、彼がそれを口にする事はないだろう。ステラを仲間と認めた以上、彼は自らの言葉を守る。けれど――だからこそ、そんな真似をさせるわけにはいかなかった。
いずれ彼らは見習いを終え、正式な騎士団の一員となる。その時、中心になるのはガロルドだ。
彼らのためにも、ガロルドと対立する事は望ましくない。
逡巡は振り捨て、ステラは思い切って頷いた。
「分かった。あなたと組む」
「そうか」
ガロルドがほっとした顔になる。
顔を伏せた一瞬、その口元がかすかにゆがんだ気がしたが、気のせいかもしれない。
立ち去る後ろ姿を見つめながら、ステラは一抹の不安をぬぐえずにいた。
やっぱり早まってしまっただろうか。――でも。
「よかった。これでみんな仲間だな」
「きっとこれからは過ごしやすくなるぞ。ガロルドが言えば、他のみんなも従うはずだ」
「やったな、ローズウッド」
肩を叩かれ、喜びを口にする彼らにはとても言えない。
(気をつけていれば、大丈夫……)
絶対に気は抜くまいと、ステラはひそかに決意した。




