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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第2章

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23.ガロルドとの戦い‐3※


 胸元をかばう腕を集中的に狙い、ガロルドが剣を突き出してくる。

 ふらつく足でよけたが、すぐに手をはじかれる。スカートが切られ、タイツ部分を引き裂かれる。足の付け根近くまでが露出して、おおっと周囲がどよめいた。


 ――このままじゃ負ける。


 ステラは必死で足を踏みしめた。

 未だに頭は朦朧として、体に力が入らない。けれど、ごくわずか。

 ほんの少しだけ、手足の感覚が戻ってきている。


(あともう少し。もう少しだけ、なんとかできれば)


 だがその前に時間切れとなるだろう。

 ステラは服を脱がされて、全員の前で晒し者にされる。


(副団長……)


 この場にいない人間の顔が浮かび、ステラはぎゅっと目をつぶる。

 今はそんな弱気になっている場合じゃない。なんとしても、この状況を切り抜けないと。



 ――いいか、ローズウッド。よく覚えとけ。



 耳元でカイルの声がよみがえる。

 どうしても必要な時は、手段は選ぶな。

 ずっとそう言われていた。そのための方法も教わった。


 目つぶしと急所。だけど、この場合は使えない。

 ステラの体はまともに動けず、ガロルドも剣が届く範囲にしか近づいてこない。

 うっかり近づいて、ステラに反撃されるのを恐れているのだろう。粗野に見えるのに、そういうところは抜け目がない。最初に会った時からそうだ。


 それに、どちらも試合では反則だ。

 強いて言えば、目つぶしは砂ならお咎めなしだが、この状況では難しい。


 首を伝った汗が胸元を流れ、地面へと吸い込まれる。その様子にガロルドの目が吸い寄せられ、小さく喉を鳴らすのが見えた。


(負けたくない)


 正々堂々と戦って、勝利をもぎ取るのだ。自分の力で。


「っ!」


 サラシの上が引き裂かれる。

 この下には何も身に着けていない。これをほどかれたらおしまいだ。


 ガロルドはにたにたと笑いながら、じっくりとステラをいたぶっていく。シャツはとっくに切り刻まれて、地面の上に散らばっている。サラシも前部分がほどけかかり、胸の谷間が見えそうになっていた。

 その時、ステラは気がついた。


(もしかして、これなら)


 震える息を吐き、ステラは思い切ってよろめいた。

 薬が回ったふりをして、二、三歩、脇にずれる。手に力が入らないような演技をしながら、胸元を隠していた腕をわずかに下げた。片膝を曲げ、今にも崩れ落ちそうな姿勢を取る。ひどい汗をかいているせいで、怪しまれる様子はない。息を荒めに、苦しげな呼吸をする。


「ようやく動けなくなってきたか」

 ガロルドが一歩近づいてくる。


「意識があるうちに、みんなに見てもらわないとな。その後にたっぷり遊んでやる。二人っきりで、じっくりとな」

「…………」

「返事をする元気もないのか? なら、俺が全部脱がしてやるよ」


 一歩、もう一歩。

 剣を持ったままのガロルドが近づく。

 その剣がサラシの下部分にかかり、隙間から胸の谷間へとねじ込まれる。


「まずは胸からだ、ローズウッド!」


 それを引き裂こうとした時、何かが光った。

 太陽を覆っていた雲が晴れ、一筋の光がよみがえる。


(今だ)


 その瞬間をステラは見逃さなかった。

 足元を蹴り上げ、ガロルドに砂をぶちまける。サラシがちぎれ、白い布地が風に舞った。胸元を押さえていた合わせ目がなくなり、あっという間にほどけていく。止める余裕があるはずもなく、胸の下半分があらわになった。


 どよめきが起こったが、気にせず手首を一撃する。「うわっ!?」と声を上げ、ガロルドは大きくのけぞった。


 反射的によけたところをさらに狙い、剣を払う。反撃しようとしたガロルドが、「うぉぅっ!?」と別の悲鳴を上げた。


 ステラの持つ剣が太陽の光を反射して、彼の視界を奪ったのだ。

 まぶしいきらめきが直撃して、ガロルドが思わず顔をかばう。


「このっ……ノーショアが!」


 完全に油断していたせいか、まったく対応できていない。

 姿勢が崩れ、目標を失った剣がふらつく。

 その一瞬で十分だった。


 ガロルドの懐に飛び込み、ステラは剣を振りかぶった。あちらは本物すれすれだが、こちらは模擬剣だ。そのため、全力で振り抜いても死にはしない。


 ――肩から腰へ、一撃。


「ぐはっ!!」と唾とよだれを吐き出して、ガロルドが地面に倒れ込む。どうっと倒れる音とともに、手を離れた剣が地面に落ちた。

 カラカラと回った剣はゆっくりと止まり、動かなくなる。


「し……勝者、ステラ・ローズウッド!」


 審判の声がかかるのと同時に、ステラはふらりとよろめいた。

 地面に膝をつく前に、その体が後ろから支えられる。


「――よくやったな、ローズウッド」

「副、団、長……?」


 いつの間に戻ってきたのか、カイルがステラを抱き留めていた。

 無言で上着をかけられ、しっかりと前で合わされる。おそらくカイルのものだろう。安心できる体温に包まれて、ステラはほっと息を吐いた。


「ローズウッド、無事か!」


 すぐにラグラスが駆け寄ってくる。どうやらガロルドの仲間達を叩きのめしてきたらしい。その服装には乱れひとつなかったが、ステラはへらっと笑みを浮かべた。


「大丈夫。勝ったよ」

「……ああ。すごいな、お前は」


 拳を差し出され、コツンと合わせる。なんだかくすぐったくて、照れくさかった。

 その後ろから、おずおずとした声がした。


「……ローズウッド、あの、俺たち……」


 見ると、嫌がらせには加わらなかった面々が立っていた。

 先ほど後ろめたそうな顔をしていた彼らだ。今も同じような顔をしているが、「何?」と聞くと黙り込む。それから、思い切ったように頭を下げた。


「――ごめんなさい!」

「え……?」


 一斉に頭を下げた彼らに、ステラが目を瞬く。


「ガロルドが怖くて、逆らえなくて……ほんとにごめん。正直、今でも子爵家は怖いけど……でも……でも、もう嫌なんだ」

「みんな……?」


「知らんぷりしててごめん。助けられなくてごめん。洗い物とか、掃除とか、手伝ってあげられなくてごめん。ほんとにごめん。悪かった、ローズウッド」


 彼らは後悔でいっぱいの顔をしていた。

 そうか、とステラは思い出す。


 男尊女卑の第四騎士団だが、全員がそうというわけではない。ごく少数だが、違う意見の人間もいた。

 力関係では勝てないため、彼らは常に身をひそめ、問題には目をつぶっていた。よく言えば平和主義、悪く言えば事なかれ主義だ。だからこそ、ガロルドに逆らう事はできなかった。


 そういえば、彼らはよくそんな表情を見せていた。

 ガロルドに言われて、ステラに洗濯物を押しつける時も、気まずそうな、申し訳なさそうな、なんとも言えない顔をしていた。ステラが裸を強要されていた時も、すぐに教室を出ていき、仲間に加わる事はなかった。


 子爵家に逆らう事の怖さはステラも知っている。おまけに、彼らの半分は平民だ。同じ立場だったなら、ステラも彼らを責められない。


 口を開こうとして、ふと気づく。

 彼らの一番後ろ、背中に隠れるような位置で、ひどく息を切らした人物が立っていた。


 その顔には見覚えがある。先日、ステラを呼び出した同期だ。

 今はなぜか汗だくで、倒れそうなほどぐったりしている。そこで気づいた。


(この人、もしかして……)


 カイルを探しに行ってくれたのではないだろうか。

 ステラと目が合うと、合わせる顔がないと言ったように目を伏せる。噛みしめた唇が動き、「ごめん」と形作った。その額から汗が落ちる。続いてもう一滴。流れた汗は地面の上で染みを作り、罪悪感に染まった顔を濡らしていった。


 一滴、また一滴。


 そしてまた一滴水が落ちたが、それを見ている者はいなかった。


 パタ、パタと水が落ちる。

 だからステラは微笑んだ。


「――いいよ」

「え……」

「もういいよ。仲直りしよう」

 手を差し出すと、彼らは戸惑った顔になった。


「でも、俺たち……お前にひどい真似をして……こんな、仲直りなんて言ってもらえる資格は……」

「仲良くなりたいから、仲直り。しよう」


 はい、ともう少し手を差し出す。

 しばらくためらっていたが、彼はおずおずと手を握った。

 それを見て、別のひとりも手を伸ばす。


 ひとり、またひとりと、その手に手のひらを重ねていく。最後に手を重ねたのは、汗だくになった彼だった。


 握手と言うには大きすぎる塊に、バランスが取れなくなってぐらつく。


「さすがに重い」

 そう言ったステラに、彼らはぷっと噴き出した。


「……は、あはははっ」


 笑い声が重なり、つられてステラも笑い出す。

 カイルとラグラスもそれを見ていた。


 ――その日、新しい友達ができた。

お読みいただきありがとうございます。新しい仲間ができました。


*しばらく更新お休みします。

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