14.大部屋の攻防-1※
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「お前、最近調子に乗ってるんじゃないか」
ガロルドに絡まれたのは翌日の事だった。
「俺らの世話もしないで、何のつもりだよ。さっさと前みたいに雑用しろよ、ローズウッド」
そうだそうだと他の面々も頷いている。
その輪に入らない者達もいるが、かばってくれるわけではない。同期に囲まれて、ステラは逃げ場がなくなった。
(失敗した)
声をかけられた時、もう少し警戒すべきだったのだ。
けれど、今までの事を謝りたいと言われ、わずかに心が揺らいでしまった。
カイルに説得されたのだという言い訳を信じた自分のミスだ。カイルは泳がせると言っていた。何かするはずはなかったのに。
声をかけてきた当人は、ステラから目をそらしている。
今まで知らんぷりされた事はあっても、嫌がらせには加担した事のない人物だ。だから信じていたのだが、もう少し確認するべきだった。
「お前がやらないせいで、繕い物がたまってるんだよ。掃除も洗濯も、たっぷりやることはあるんだからな。今までサボってた分、しっかり働いてもらおうか」
「は……?」
サボる、という単語に目を瞬く。
「それに、下着! お前が洗わなくなってから、汚れも落ちないし、布もすぐにダメになるんだ。こっちは迷惑してるんだよ。ほんっと使えないやつだよな、お前」
鼻息を荒くするガロルドに、「えっと、私は自分の仕事はこなしてるつもりだけど」と控えめに告げる。
「それじゃ足りないの?」
「当たり前だろ。自分の当番だけやればいいってもんじゃないんだよ。お前は俺たち全員の世話をしないといけないんだからな」
「えぇー……?」
初耳だ。
というか、普通はそれぞれ自分の仕事をすればいいと思うのだが。
怪我や病気など、何か理由があれば別だが、彼らは健康な成人男性なのだ。場合によっては、ステラよりもよほど楽にこなせるはずなのに。
彼らはにやにやと笑いながら、ガロルドを中心に迫ってくる。
おそらくこれは、ステラが言う事を聞くまで収まらない。
ガロルドの家に逆らうのはまずい。
けれど、今のステラは平民の娘だ。男爵家に迷惑はかからない。
ここで従えば、今まで以上に彼らにこき使われる日々が待っている。そんな事はできないし、したくもない。
できれば穏便に解決したいと思っていた。本当は、今でもそう思っている。
人と争うのは苦手だし、誰かを怒らせるのも嫌だ。
――だけど。
(このままじゃ……よくない)
ためらいを振り払ったのは一瞬だった。
「……私が繕い物をしたとして、みんなは何を代わってくれるの?」
「は?」
ステラの問いに、彼らは目を丸くした。
意味が分からなかったのか、一斉に怪訝な顔になる。
「仕事を代わるのはいい。手伝うのだって構わない。だけど、みんなは私に何をしてくれるの? 代わりに力仕事をやってくれる?」
「何言ってんの、お前」
「掃除でも、洗濯でもいい。代わりに何をしてくれる?」
「ふざけんなよ。なんで俺たちが……」
「何もしてくれないの?」
「当たり前だろ! それはお前の仕事だろうが」
「――だったら」
ステラは彼らの顔を見た。
「もう手伝えない。ううん、ずっとそう言ってる。私はみんなの雑用係じゃないし、理不尽な命令には従えない。今後一切、私はみんなの世話はしない」
「なっ……!」
彼らが驚いた顔になる。
ステラが言い返すとは思わなかったのだろう。驚愕が隠せない様子だ。
実際は何度もしているのだが、耳に入らないのかもしれない。人間は都合の悪い事を忘れる生き物だ。
「何度も何度も言ってきた。いつか分かってくれると思ってた。みんなと仲良くなりたかったから、喧嘩もせずに、言いなりになってきた。でも、それじゃ駄目だったんだね」
もうやめる、とステラは告げた。
「見習い期間は二年しかないのに、このままじゃみんな駄目になる。自分のことは自分でする。できないことは協力する。仲間ってそういうものでしょう?」
でも今は違う、と言う。
「私に全部押しつけて、みんなは楽をしてるだけ。それは仲間とは言わない。そして、私はもうそれには付き合えない」
「ふっ……ふざけんな、そんなの許さないからな!」
ガロルドが唾を飛ばしてわめく。
「今まで通りに働け! 言うことを聞けよ!」
「そうだぞ、平民のくせに!」
「貴族に尽くせ! 従え!」
「お荷物の分際で!」
一斉に怒鳴られたが、ステラの表情は変わらなかった。
「もうやらない。怒鳴られても、殴られても、絶対にやらないから」
「お前っ……」
「話がそれだけなら、もう行く。さよなら」
彼らの脇をすり抜けようとしたところで、乱暴に腕をつかまれた。
「ちょっ……!?」
「……このまま逃がすかよ」
怒りに顔を赤黒くしたガロルドが、ステラの腕を握りしめる。
「ガロルド? 痛い、離して」
「黙れよ、岸無し!」
空いた手でステラの顎をつかみ、乱暴に上向かせる。パンっと乾いた音が響き、衝撃にステラがよろめいた。
「岸無しの分際で、ずいぶん偉そうじゃないか。お前、ここにいる全員敵に回して、無事に済むと思ってんのか?」
「どういう意味……」
「貴族を怒らせて、ただで済むはずないんだよ」
その声に、気圧されていた面々も次々に頷く。
「そっ……そうだぞ、平民のくせに!」
「このままで済むと思うなよ」
「思い知らせてやる。絶対に」
「…………」
恐れていた事態に、ステラはぎゅっと唇を噛んだ。
けれど、まだステラの正体はばれていない。家同士の問題になるとは限らない。
(だけど……)
一体、どうしたら。
ステラの表情が変わった事に気づいたのか、彼らが勝ち誇った顔になる。
「ほんっと手間取らせやがって、平民風情が」
「あーあ、これは何か落とし前をつけてもらわないとなぁ。ガロルド、何にする?」
「そうだな……」
そこでガロルドがわざとらしく顎を撫でる。
「――裸とか?」




