13.副団長との距離
***
「……理不尽だ」
顎をさすりながら、カイルはぼそりと口にした。
「す、すみません、私のせいで……」
「ローズウッドは悪くない。人の話を聞かないあいつが悪い」
どうやら二回目とあっては、さすがに見過ごせないと思ったらしい。問答無用で斬りかかってきたオレッセオの迫力はすさまじかったが、カイルはなんとか生き延びた。だが、その前に一発殴られた。とても重い一撃だった。
「寝ぼけてたわけじゃないんですけどね」
「前回の分も込みだそうだ。まったく……少しは信用しろっての」
「副団長の寝起きの悪さが理由らしいですよ」
初対面の騒ぎが脳裏に浮かぶ。あの時は確かに驚いた。
状況は今回の方が格段にまずいが、ステラが「違います」と言った事で誤解は解けた。ついでに言うと、オレッセオは体術の相手役には不向きだった。本人もそう言っていたし、カイルもはっきりと頷いていた。
ちなみに、以前オレッセオが言いかけて黙ったのは、カイルの寝起きの悪さについてだった。どうやら以前から有名だったらしい。「まさか部下の部屋に入り込むとは…」と頭を抱えていた。
「でも、最終的には訓練を推奨してくださったんですよね。意外です」
「そうでもないさ」
必要だと思ったんだろ、と肩をすくめる。ステラもそうですねと頷いた。
騎士学校にいるうちは、教師の目が光っていた。多少の嫌がらせがあっても、ある一定のところで歯止めが利いた。
彼ら自身、下手な真似をして退学になるとまずいので、多少はセーブしていただろう。ステラは違う寮だったので実害はないが、なんとなく想像できる。
だが、今はそれがない。
「目障りなのは、覚悟してましたけど……。ここまで受け入れられないとは思いませんでした」
「あいつらの半数は貴族だしな。平民相手に態度がでかいのは昔からだ」
特にガロルドの当たりがきつい。彼が他の面々を先導している部分も大きく、そのせいでステラは一層ひどい扱いを受けている。
オレッセオには言えなかったが、そうした態度は日常の些細な面にも表れており、それがステラを虐げている。そして、カイルはそれを目撃している。
ステラを小突き、雑用を押しつけ、蔑称を口にして貶める。泳がせるという約束がなかったら、とっくに何らかの処分が下っていただろう。
ステラは別に、彼らが好きなわけではない。
媚びへつらっていれば事態が好転するとも、願いが叶うとも思っていない。
けれど、事が公になるのは避けたい。
第四騎士団での扱いがひどくなるのとは別に、そこにはもうひとつの理由がある。
ステラの家は男爵家だ。子爵家であるガロルドの家には逆らえない。
それは平民であるオレッセオも同じで、下手をすると貴族同士の争いに巻き込んでしまう恐れがある。
平民と思われて軽んじられ、嫌がらせされる分にはいいが、家と家との問題になれば、ステラでは手に負えなくなる。
そうなった場合、あの継母がどう動くか。それを考えると気が引けた。
「よっぽど私が目障りなんだと思います。相手は子爵家ですし、仕方ないですけど」
「……まあ、あいつはそれだけじゃなさそうだけどな」
カイルがぼそりと口にする。
「え?」
「いや、なんでもない。今日も訓練と自主練だ。ついでに護身術もやっておこう」
「よろしくお願いします、副団長」
笑顔で言うと、カイルは目を丸くした。次いで、ふっと苦笑する。
「ほんとにまぁ……打たれ強い部下で何よりだよ」
「それだけが取り柄ですから」
あれ以来、ステラは雑用を引き受けなくなっていた。
カイルと特訓するようになり、その時間が取れなくなったのが大きいが、カイルが目を光らせてくれるようになったのだ。
オレッセオとは違い、大した実力もないカイルに知られても、彼らにとってのダメージは少ない。とはいえ相手は副団長だ。正面から仕事を押しつけていますとは言えないのだろう。彼らは悔しげな顔をしていたが、カイルは意に介さなかった。
おかげで時間のできたステラは、毎日訓練に励んでいる。
その日もみっちりとしごかれて、ステラは汗だくで倒れ込んだ。
「……ありがとうございました……」
「そこで安心すんな、ほら」
おまけの一発を入れられて、慌てて地面を転がってよける。
「ひどいです、副団長!」
「実戦にひどいもクソもあるか。全部倒したと思っても油断するな、周囲を見ろ」
でもまあよくよけた、と褒められる。
「お前の長所はその反射神経だ。攻撃が軽い分、回数を重ねてダメージを与えろ。ただし、身の安全が最優先だ。お前が負傷すれば、その分味方の負担が増える。そこを間違えるなよ」
「分かりました」
「それにしても……お前、受け身は妙に上手いな」
そう言うと、カイルにしげしげと見つめられる。
「おかげで教える手間が省けたけど、どこで習った?」
「え? ええと……」
「そういえば、剣もオレッセオ仕込みだったな。けど、あいつは個人授業なんてしないはずだし、そもそも他人に教えられるような性格じゃないはずだ」
「そうでしょうか。団長、やさしいですよ?」
「お前の目と耳と常識と認識能力はどうなってる」
「普通だと思いますが……」
オレッセオはステラにとって、年の離れた兄のようなものだ。
彼と出会ったのは、今からずっと前の事。
あのころのステラはまだ子供で、ひとりでは生きていけなかった。
そこから色々あり、ステラは騎士学校に入学した。オレッセオにも剣を教えてもらい、受け身やかわし方も教わった。
体重が軽い分、相手を倒す事は難しかったが、身のこなしはかなり良くなった。
おかげでステラは今現在、生傷が絶えないが、骨折や大怪我をした事は一度もない。
オレッセオと出会う事になったのも、「彼ら」がいてくれたからだ。
それを思うと、胸の奥があたたかくなる。
あのころ、四六時中一緒にいた彼らは、今は遠く離れている。
噂だけは伝え聞くが、未だに再会した事はない。今は忙しい身なので当然だ。
たまに届く手紙には、ステラの近況を知りたいと記す内容に加え、「団長にいじめられている」、「団長ひどい」、「団長が鬼」、「あいつら全員燃やそうかと思った」などと記されており、以前の関係性を思い出して笑ってしまった。
もちろん燃やしたらまずいので、やんわりとその旨記しておく。
オレッセオにも伝えたところ、「成長していないな、あいつら…」と額を押さえていた。
それから――ひときわ美しい手紙も何通か。
手紙だけは直接手渡しされる事になっているので、嫌がらせの入る余地はない。それでも念のため、見つかりにくいところに隠してある。
彼らから届いた手紙を読むと、今でも元気が湧いてくる。
ステラの近況について、彼らに伝えた事はない。
日常の些細な出来事や、楽しかった事、嬉しかった事だけを書いている。ここしばらくはオレッセオの話題が多かったが、次からはカイルの話が書けそうだ。
いつかまた、会える日が来るだろうか。
そんな事を思っていると、「まあいいか」とカイルが頷いた。
「それよりも……お前、剣より別の適性があるんじゃないか?」
「えっ……」
ステラがはじかれたように顔を上げる。
「どうしてですか?」
「いや、なんとなくそう思っただけだけど。剣のセンスはいいし、動きにもキレがある……けど、なんと言うか、お前はもっと強い気がする」
自分でもよく分からなかったのか、カイルが首をかしげている。どうやらうまく説明できないらしい。
だが、ステラは首を振った。
「私は弱いです。だから、もっと強くなりたいし、強くならないと」
自分の身は自分で守れるくらい。
そうでなければ、とても一人前の騎士とは言えない。
彼らは反対したけれど、最後にはステラの意思を尊重してくれた。
実際、必要な事だと分かっていたらしい。しょっちゅう届く手紙には、必ずステラの身を気遣う言葉が並んでいる。それがとても嬉しかった。
「副団長」
呼びかけると、青灰色の瞳がこちらを向く。
「副団長が戻ってきてくれて嬉しいです。これからも、ご指導よろしくお願いします」
「馬ぁ鹿」
ちょっと笑い、ぐしゃぐしゃとステラの頭をかき回す。
「よし、寮に戻るか。先に汗流していいぞ」
「いえ、それは副団長がお先に」
「お前の方が手際いいだろ」
「副団長の方が早いですよ」
軽口を叩き合いながら、仲良く同じ寮へと戻っていく。
今日も汗を流した後、カイルと一緒に夕食を摂る。それからトレーニングを教わって、もう一度湯を浴びてから就寝する。
毎日忙しいが、非常に充実した日々だ。
だからステラは気づかなかった。
ガロルドが物陰から、その後ろ姿をにらみつけていた事を。




