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オカマの異世界世直し旅  作者: えけある
6/6

オカマと少女

ちょっとずつです

 都会では観られないほどの満天の星空。夜行性の鳥の鳴き声、風でそよぐ草木のみが響く静かな夜。壁に当てたライトが間接照明のように反射し、心地よい明かりが部屋を柔らかく照らす。


 ミヤビは安心と不安がないまぜになった気持ちで、自室の椅子に腰掛けていた。彼女のベッドには先程の少女が規則正しい寝息を立てている。


 ケガの処置と、下着以外の着替えをミヤビが行う。ある程度の汚れも拭いてやった。

右足の怪我はヒドいものの骨折はしておらず、他には大きいケガも無く、初心者の見立てだが快復するだろう。これが彼女の安心である。


 おもむろに彼女の着ていたボロボロの上着を広げる。白を基調とした、ローブの様なポンチョの様な服。見たこともない民族模様は、よく染められた濃い藍色が綺麗だ。


 「……」


 目線をベッドの彼女に向ける。

 顔は汚れも気になるが、痩せこけ濃い隈が見て取れる。

 髪は泥やらなにやらで汚れてボサボサ。

 腕や足には草葉や枝でこすったであろう切り傷。

 服を脱がせば至る所に打ち身の内出血。

 手は擦り切れてマメが潰れており、

 靴を脱がせば、どのくらいの距離を歩いたのか、足の裏が血で真っ赤に染まっていた。


 この子がどれだけこの森を彷徨ったかが、目に取れる。

 この少女の状態を見て、不安というより、親心のような物からくる心配の方が強かった。


 そして、洞窟からバーへの移動の中、意識のない少女のうわごと……


 『…… × × 』


 そこで、ミヤビの不安が表出する。

 (これ、言葉通じないわよね??)


 そう、少女の発した言葉はミヤビの知り得る言語ではなかった。


 (正直、此処に来てから予想してたけど、アメリカとかカナダとか有名所じゃないわね、ココ。……秘境地かしら)


 彼女は少女を、何処かの小さな国の少数民族だと決めつけた。まぁ、問題はてんこ盛りだが、ようやく見つけた人だ。言い方は汚いが、恩を売って情報を仕入れたい。大人と交渉できる材料として、彼女の信頼を得たい。


 (最悪、ボディーランゲージでどうにかなるわね)

 そう思う彼女はやはり大雑把の類である。


 この不可解な状況で、自分以外の人間を見つけたこと。ほんの少しだけミヤビはホッとした気持ちになる。腰掛けていた椅子の背もたれに寄りかかり、安堵の溜め息を出す。その際、椅子から出た小さな軋みの音で、ベッドの少女は寝返りを打った。


 シャラシャラとブレスレットやアンクレットが音を立てる。金具や紐に固定された色とりどりの宝石が、カーテンから漏れる光に当てられキラキラとしている。


 (綺麗ねぇ……、でも--)


 ミヤビはブレスレットの中にある一つの腕輪を見やる。


 その左腕に付けられた腕輪は、無骨ながらガラス細工の細かい模様が彫られていた。どういう仕組みなのか、中が仄かに青く光っており、精巧な模様と相まって一見綺麗と錯覚してしまう。だが彼女はどうにもその腕輪が気に食わなかった。


 (あの子の大切な物なら申し訳ないけれど……)


 民族衣装には全く知識の無いミヤビ。下手な事をするのは良くないと判断して、服は脱がせたが、 アクセサリーの類は一切触らなかった。


 (あれじゃ、まるで……手錠の様ね)

 少し不快な気持ちになりつつも、その場を去ったミヤビであった。



 翌朝、店のソファーで睡眠をとったミヤビ。少女の様子を見に行くが、未だ起きる気配はない。無理もない。少女の様子から見るに、森の中を彷徨って2〜3日という訳ではないだろう。もっと長い期間彷徨っていたはずだ。


 血豆が潰れるほど歩き、碌な食糧にありつけず、暖かい寝床もなく、獣の鳴き声で夜も眠れない。ベッドで寝息を立てる少女は、緊張の糸が切れたかの様だった。


 病人を置いて3人を探しに行くほどミヤビは薄情ではなく、看病する以外は、少女の汚れた服を洗ったり、少女の持っていた物を確認することしかできる事は無かった。


 川で洗った服を干し終え、バーのテーブルに少女の荷物を広げた。


 彼女が持っていたのは、木を彫り、模様が施された短刀。短弓。矢筒。矢は撃ち切ったのか落としたのか1本も無い。腰に巻かれた匂いの強い巾着。のみである。泥がついて汚れているが、手入れのされている綺麗な物ばかりである。

 不可解なのは、カバンの類が一切なかったことである。森に食料を狩りに行くにも、ある程度の荷物は持つ物だろう。それに、缶詰などの食料や金の類があれば文字から、今いるこの場所を、ある程度の国に絞れたのだが。無いものは仕方がなかった。ミヤビは、何処かに落としてしまったのであろうと結論付けた。そう決めつけた。


 頭の中でほんの少し、文化レベルが限りなく低いのでは無いか、という不安がよぎるが、考えなかった事にする。


 ある程度の確認が取れた為、荷物を持って自室のドアをいつも通りに開けると、上半身を起こして、外を眺めていた少女と目が合った。



***


 先日の雨が嘘だったかのような快晴。そよぐ風が気持ちよく、木々から漏れる柔らかい光が顔に優しく照らされる。こんなにゆっくり休めたのは久しぶりである。


 身体の節々が痛い。足は鉛が入ったかのように重く動かない。ここの所、気持ちがずっと張り詰めていた。もう少しだけ寝ていても罰は当たらないだろう。


 それにしても、この寝床はとても良い。雲のように柔らかくて、あたたかい。

 こんな寝床いつ見つけたのだろうか。疲れすぎていて、正直最近の記憶が曖昧だ。

 確か、大雨の中足を滑らせて……、


 と、少女はそこで飛び起きた。だが、何日も森を彷徨った身体には、その腹筋運動すらキツく、ズキズキとした痛みが走る。


 『いたたぁ……』


 そして目に入ってくる、綺麗な白。先程まで自分が感じていた雲の正体だった。彼女はそれが布団であることを知らない。彼女の知り得る寝床はもっとゴワゴワとして質素なものだったからだ。


 『ふかふか……』


 キョロキョロと辺りを見回す。見たこともない奇怪な物で辺りは埋め尽くされており、壁には奇妙な絵や、見慣れない文字の書かれた紙が飾られ、しっかりとした作りの机にはキラキラとした小瓶が並べられている。


 一瞬、此処が天国なのかと思ったが、身体の節々の痛みが、ここが現実である事を物語っている。


 『綺麗……お貴族様のお部屋なのかな……』


 と口にして少女はまたも否定した。

 もし仮に、少女を助けてくれた世間知らずのお貴族様が居たとして、その貴族が自分の部屋に身分の知らない行き倒れを寝かせるとは思えなかった。

 更に少女にはここが貴族の部屋ではない事の、どうしても覆せない最大の理由があった。


 『それに私は女だから……』


 そう。自分が女性であること。それがこの世界の最大の欠点であった。

 女であることで、色々な事を諦めなくてはいけない。色々な理不尽を強いられなくてはいけない。好きで女になった訳ではない。女として生まれてしまっただけで、この不合理さはなんなのだろう。


 窓辺に小鳥が止まった。そうだ、と少女はふと気づく。


 『ねぇ、君。ここは何処だかわかる?』


 小鳥はチュンと可愛い声で鳴くだけ。自分の左腕にある物が淡く光る。少女は深く溜め息をつき、『……あぁ、そうだった』と沈痛な表情で腕輪を見る。


 だが、視線をずらしたことによって、自分の腕を見ることになる。切り傷擦り傷まみれの汚い腕――ではなかった。


 『手当されてる。こんな上等な包帯で……』


 治療された腕を確認する。いきなり動いたことによって、小鳥が飛び立ってしまったのだが、そんな事は目に入らない。自分が肌着姿だったことには気付いたが、同時に、汗や泥の汚れがほぼ無くなっていることにも気付いた。

 疑問に思いながらも、身体の至る所を見ていると、ふわりと柔らかい花の匂いが鼻腔を掠めた。腕ではない。手からだ。


 『良い匂い』


 知らない花の匂い。指の至る所があかぎれて痛々しいのだが、なぜか乾燥していない。どこかしっとりとしているのだ。


 『手につける香油……? 聞いた事ない』


 ここまでわかりやすい処置が施されているなら誰だって気付く。誰かが自分を介抱してくれたのだ。

 そう気づいた時、胸のあたりがあたたかく感じた。

 身体の痛みが気にならないほどに、心がポカポカした。


 (あぁ……こんな私に、ここまでしてくれて……)


 人の優しさをこんなにも感じ取れたのは久々だった。少女は両の手を胸に当て、深く深く祈った。


 『神様……ありがとうございます』


 少女がこの世に生を受けてから、神を恨む事が多かった。自分の不幸を呪ったこともある。そんな自分が、神に感謝する事は片手で数える程度のことであった。余程のことである。


 『私、今日ここで死んじゃうのかな』


 少女の心は多幸で満たされていた。もしかして、すぐにその反動が来るのではないか。と感じさせる程。

 窓から見える外を眺める。ほんの少し俯瞰してみる森は、この間まで彷徨っていた薄暗い嫌気のさす森には思えない程、どこか明るく柔らかかった。


 その時、ガチャリと音がして扉が開けられた。


 「*、* * *」


 目が合った。変な格好をした、全くわからない言葉を使う、妙な男? が居た。


 『――え?』


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