オカマ、第一村人発見
GW投稿と言ったな。あれは嘘じゃ。
「捨て犬かと思ったら、若人がここでなにしてんだよ」
急に降ってきた雨。偶々近くにあった店先の庇で、雨宿りと称して座り蹲っていた男の頭に、そんな声が降ってきた。雨音と一緒に聞こえてきたのは年老いた男の声だ。
「--ほっとけよ」
座り込んだ男はもう自分のことが心底どうでも良かった。絞り出した声は、自分でも驚くほど小さく素っ気なかった。
「なぁにが「ほっとけ」よ。俺の店の前で座りやがって」
その言葉に、少し気を悪くした。ほんの少し顔を上げると、声を掛けてきた男の脚が見える。庇の奥はまだ雨模様だ。
「--すんません。雨が止んだら動くんで」
「そうしな。母ちゃんも心配してんだろ」
「母は……」
言葉に詰まった。どう答えて良いか悩む頭は、結局沈黙を選んだ。そしてそれは店主に正しい理解をさせ、さらなる質問に変わった。
「--父ちゃんは」
「勘当されました」
どうにかして答えた単語は、意外にもすんなりと口から出てきた。
「……少し待ってな」
そう言って少し嗄れた声の男は店の中に消えていった。
同情を買ってしまったのかもしれない。少し悪い事をした。男は膝を抱えて雨を見ながらそう思った。しばらくして
「ほらよ、ガキにはこれだろ」
炭酸飲料の缶が、自分の脇に置かれた。それをじっと見つめる。そこまでガキでもないのだが、男は何も言わなかった。
「飲みな。雨宿りとジュース代に、少し話に付き合えや」
無言。店主にとって、その無言は肯定と見なす。
「お前、行くアテあんのかい」
「……ついさっき、無くしました」
「ふぅん、そうかい」
「--」
男は、店主が驚かないことに少し驚いた。
「もう学生じゃねぇんだろ。何の仕事やってたんだよ」
「さっきガキって--」
「俺からすりゃあ、20も30もガキの内よ」
彼の服装や風貌はもう高校生とは言えない体つきであった。それを読み取った店主は間髪入れずにそう言った。
「……」
「言いたくねぇか。大方、そこでミスしてクビになったんだろ」
いつの間に店先から椅子を出してきて腰掛け、そこで新聞を広げ出す。
「……有体に言えば」
「一丁前に難しい言い方すんじゃねぇか」
カラカラと笑った。
少しの空白。そして、
「飲まんのか」
男の隣にあった炭酸飲料は、未だに封が開けられていない。ほんの少しバツの悪そうに
「炭酸は体作りに悪いから飲まないように--」
ハッとして言葉を止めた。少し考えれば「申し訳ない」とか、「炭酸は苦手」とか、言葉を選ぶ事は出来た。だが、彼の口からスッと出たのはその言葉であった。
「なるほどねぇ」
人生経験豊富な老人は、それだけで察する事ができてしまったようだ。
「スポーツ選手様が何やらかしたか知らねぇけどな、大概の事は如何とでもなるのよ」
どうとでもなる? その言葉に男はカッとなった。
「ジジィ!! わかったような事言ってんじゃねぇよ!!」
ようやく顔を上げた男は、足を組んで新聞を広げる店主に食ってかかる。自分のこの気持ちをだれがわかってくれるだろう。ついさっき会った貴様なんかにわかるはずがない。どうしようもない、どうも出来ない。そんな気持ちが心に黒く渦巻く。沸々とした心が牙を剥く。
「だから知らねぇって言ってんだろ。それとも何かよ。お前、俺にそれを教えてくれんのか。――それとよ」
広げた新聞紙から顔を出した店主。そこでようやく男は店主の顔を見た。
「俺ぁ、どっちかっていうと、ババァって言われてぇな」
厚化粧をした、シワシワのオカマに、男は絶句してしまった。
屋根より向こうは未だ強い雨が降っていた。
ふわふわとした感覚からゆっくりと現実へ。まだ起き切っていない頭が、強い音で段々と覚醒していく。少しクマのできた目が開く。どうやら夢を見ていたようだ。とても懐かしい夢だった。
雨音だけがミヤビの世界を覆い尽くしていた。バケツをひっくり返したような雨、とはよく言うが、その比喩表現が当て嵌まるほど、よく降っていた。
ついこの前まで都会住みだった彼女にとっては、ゲリラ豪雨となんら変わりはない。
「……あの子達、大丈夫かしら」
雨は、丸一日降り続いた。
***
豪雨の日から翌日。突然の緑色の尿から数日。慌てふためくオカマは側から見ると狂気そのものだったが、それにももう慣れてしまった。あれからずっと用を足せば緑色である。彼女は「死なないウチは大丈夫」と結論づけた。大雑把なのか豪胆なのか。おそらく彼女は前者であろう。
所変わって探索の帰り道。太陽が傾き始め、ゆっくりと夕暮れになっていく。見慣れた植物を掻き分け、帰路につく。ミヤビは自分で作った道--といっても草を踏み固めただけの獣道に過ぎないが――を歩く。
今回も何の成果も得られなかった。そろそろ探索範囲の拡大をするべきか悩む。疲れた脳を働かせると、収穫のない日々を思い出し、ため息が出てしまう。
「上手くいかないものよねぇ……」
ぶつくさと独り言を言わないとやっていられない。かれこれ1週間以上、人と会話をしていないのだ。精神的に参ってしまう前に、ミヤビは独り言で自分の心を守っていた。
「今日も疲れたわねぇ」
ふいに、ひとりごちが反響して耳に響いた。初日に見つけた小さな洞穴だ。この洞穴は、見つけたその日に声を出して確認したが、反応はなかった。
ミヤビはそのことを思い出すと、洞穴に興味をなくす。--が、目線を前に戻そうとした時、
それを目の端で、確かに、捉えた。入り口に小さな足跡。
(コレ--前は無かったわね)
人間の、それも靴を履いた者の足跡であった。
その足跡はうっすらとだが洞穴の中に向かうように伸びている。そして、出口に向かうような足跡は--なかった。
最初に緊張が走った。そこからじわじわと嬉しさが込み上げる。
自分でも震えていると自覚しつつも大声で
「誰か、そこにいるの?」
呼びかけた。洞穴の壁という壁が、ミヤビの声を響かせる。
やかましいほどの反響に顔を顰める。耳を澄まそうと神経を集中させるのが早かったのだ。足音の一つも聞き逃したくなかったから。
非常用の懐中電灯をバックパックから取り出し、電源を付ける。人影は見当たらないが、奥に伸びていく足跡があるのは確かだ。
「--入るわよ」
初めて洞窟に足を踏み入れた。高さは大人でも余裕があり、幅は人がすれ違える程度。前日の豪雨もあり湿気があり、風が通り抜けていく様子はない。ライトを奥に照らすも、暗闇が伸びているだけであるし、明かりが見える訳でもない。
正直、ミヤビは出来るのなら洞窟に入りたくは無かった。この暗闇が先日の不可思議現象をどうしても思い出させるからだ。声の震えも、ソワソワとした落ち着きのなさも、一種のパニック症状の現れだった。
それでも、彼女は進んだ。もしかしたらこの足跡が自分の探し人の可能性があったから。彼女の中で渦巻く恐怖の中に、少しでいいから安堵を感じたかった。
だが、足跡を辿るにつれ、探し人でないことが明らかになっていく。
雨でぬかるんだ地面から、乾いた土になっていくと共に、段々と足跡は明確になり、ある程度の情報が入ってくる。裸足では無いこと、現代の靴の様な滑り止めの模様がないこと。足のサイズが小さめであること。
(この子……右足を庇って歩いてる)
左足の踏ん張る様な跡と、片足を庇う様な歩き方。ケガをしている歩き方に他ならなかった。ミヤビには大きな落胆があった。でも彼女は前向きであった。少しでも情報が欲しい。藁にも縋る思いで、辿る。辿る。
苦痛の声は唐突だった。ハァハァと息の切れる音が反響する。彼女は声のする方へ急いだ。
暗闇を照らすライトが、足跡からいきなり足に変わる。そこには、見たこともない服装の少女が、ボロボロで、土まみれで、息を切らして、蹲り倒れていた。
ハイラル救ったり、ゾンビ倒したりしてました。正直すまんでした。