アタシの店は路地裏よ
連投なのは最初だけ。
緑葉が風に揺れ、サワサワと柔らかい音を立てる。暖かい太陽光が植物へと降り注ぎ、元気に花を咲かす。辺りから聞こえてくる小鳥の囀りが平和な世を表すかのようだ。
カーテンの隙間から漏れる日差しが男の顔を照らした。
「――んん……」
いつのまにか寝てしまったのだろう。男は微睡の中で考えた。先程までなにをしていただろうか。だが、疲れていたのか身体にダルさもあり考えがまとまらない。
もう昼前だろうか。日も高く、暖かい陽気だ。ほんの少し開いたドアから入ってくる森林の風が気持ちいい。
このまま眠ってしまおう。男は大きく息を吐き、また眠ろうと――
「――」
……風が気持ちいい? 誰がドアを開けたのだろうか。そして先程から聞こえる木々の音。暖かい日差し――
「――アタシの店は路地裏よ!」
ミヤビはようやく違和感を確信し飛び起きた。彼の――失礼、彼女の記憶していた立地は、店の近くには植木も無く、ビル群で日差しも入らない。そして、吹く風は都会のガス臭さを含んでいる。今考えると違和感の塊であった。
(ひどい有様。夢じゃなかった証拠ってことね)
見渡す必要もなく、テーブルは倒れ、ガラスの破片は散乱し、ワインやリキュールは割れて地面を濡らし、色々なものが壊れ転がっていた。ミヤビは近くに落ちていたフードトレイでガラスを払い、足の踏み場を作る。
起き上がると体の痛みを感じた。それもそのはず。床で気を失っていればそうなってしまうのも自明の理である。
嫌な――というより、訳の分からない不安感がミヤビの中にあった。聞こえるはずもない鳥の囀り。あるはずない日差し。なにが起きているのかの確認をしたかった。
パリパリと払いきれなかったガラスの破片をヒールで踏みつつ、窓へと歩く。
彼女は思う。確認の為向かう足取りも、カーテンに掛ける手も、思ったより震えていないことに。そして、カーテンをシャッと音を立てて開けた第一声、
「……まぁ、そうよねぇ」
カーテンを開けて見た景色に出た言葉は、殊の外あっさりしていた。正直、日差しや鳥の囀りでなんとなくの予想はしていたのだ。
ミヤビは今、森の中にいた。
地震により少しひびの入った窓ガラス。網入りだったのが功を奏したのか、窓としての機能を保っている。クレセント錠を開けて、窓をスライドする。
窓から入ってくる風が心地いい。力いっぱい空気を吸い、吐き出す。
「マイナスイオンで空気が美味しいわね」
言っている場合ではないのだが。どこか余裕のあるオカマである。
サワサワと柔らかい音を立てている木々。辺り一面の草花。チュンチュンと可愛く鳴く小鳥。
まるで建物ごと切り取って、どこかの森にワープしてしまったかのよう。
(……)
そう思った瞬間、建物の外観が気になった。『BAR 優雅』は6階建ての1階である。2階は倉庫兼、事務所兼、自宅であった。その上は別テナントの居酒屋など。
もしビルごと切り取って来たのなら、誰か他の人間がいるかもしれない。開けた窓から身を乗り出す。
「あら、真っ平ら」
2階から上が、まるでプレハブのように綺麗に均されていた。俗に言う『豆腐』と表現したら幾分かわかりやすい。
が、ミヤビは落胆と安堵がないまぜな気持ちになる。この境遇を今現在、誰とも共感できないガッカリ感と、色々使えそうな物がある倉庫や事務所、なにより自宅が残っているという安心感。
(元居た場所に戻れるかわからない状態で、自分の部屋があるのはイイわ)
そう思うと少し落ち着いた。チラリと壁掛け時計があった場所を見やるが、その場には無く、時計は落ちて壊れていた。
仕方なくスマートフォンで時間を確認すると、
「深夜の4時? っていうか、いま十一月よ? ここ外国なのかしら」
この暖かい日差しはどう考えても昼過ぎであり初夏である。疑問に思いマップアプリを起動する。
「……あら、おかしいわね。どこにも――って圏外じゃない! どこの奥地よ!?」
場所が確認できなかったのは痛いが、圏外ならば仕方がない。どこか電波のある場所に移動しなければ。現地の警察にでも連絡を入れられれば何とかなると、ミヤビは高を括っていた。
もし日本から外国へ建物ごとワープしたのが現実であるならば、テレビもビックリの不思議体験だが、そうも言っていられない。やらなくてはいけないことが沢山ある。
この風、匂い、体の節々の痛み。先刻の出来事。これら全てが夢ではなく現実で起きているということを物語っているからだ。
彼女は頭を掻き毟る。一度自分の起こっているこの状況を、整理しなければいけない。倒れている椅子を起こし、ドカリと座り込む。
もし、本当にすぐには日本に戻れないのであれば、必要なことは大きく分けて3つ。
一つ。まどか、ビューティ、レイラの3人との合流。恐らく一緒にこの状況に巻き込まれたであると思われる。その3人と合流しなくては、日本に帰るわけにはいかない。
(あの2人はともかく、まどかは不安だわね……)
オカマかそうでないか……ではなく、単に成人して間もない女子大生である。大人が保護してあげなくてはいけない。
二つ。電波のある場所か、人里の発見。まず自分がどこにいるのか、ということを把握しないと救助を要請するのも、空港や港に移動することも難しい。訳の分からない森から、せめて道路や建造物を見つけるべきである。
(まずは電波……よねぇ。というか無人島っていう可能性もあるわね)
三つ。水、食料の確保。売り物だったミネラルウォーターや乾き物。自室に行けば缶詰やカップ麺と、一人なら2~3週間は生きていける量は保管がある。が、先ほど述べた2点が何日掛かってしまうかもわからない。
椅子から立ち上がり、照明をつけてみる。――が、
「あらヤダ、つかないわね」
悲しいことに、水道、ガスも同様であった。
(電気ガス水道のライフラインが断たれているのもヤバいわね。夜は暗いし、水も無限じゃないわ)
幸い、客に配る店の名前が書かれたライターが大量にあるので、火種はある。目の前が森だというのも幸運だ。薪を確保するのも容易だろう。
以上から、当面の目標は『水、食料を探しつつ、電波もしくは人里の発見と、3人との合流』である。
この現実味のなく不安が多い状況の自分を鼓舞するように、両手で顔を叩く。
「しょーがないわね。ママが一肌脱いであげるわ!」
そう言って、捜索の為、自室へと向かっていった。
自己肯定感高めたい。10の声援より1の罵声が心に刺さるので、やめてください(懇願)
でも声援もください(欲張り)