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(5)

 マルティーヌとオリヴィエは、彼のまとう魔力の動きを注視する。

 長剣全体の強化は、騎士であれば誰でも普通にできることだから、彼も難なくこなす。


「じゃあ、折れない程度まで剣の強化を落として。……そう、そのまま維持して、丸太に触れている刃にさらに強化をかける」


 マルティーヌが言葉で誘導を試みるが、どうにもうまくいかない。


 下の刃を強化すると同時に剣全体の強化が切れたり、逆に剣全体に強化が及んでしまったり。

 いろいろ試すうちに混乱して何もできなくなったり、力が入りすぎて全身から大量の魔力が流れ出たり。

 コツさえつかめればなんとかなるのだが、その糸口が見つけられないようだ。


「やっぱり、急には難しいよな」


 不器用なオリヴィエは、習得に一年近くかかった。

 一朝一夕でできるものではないことは、嫌という程分かっていた。


「でも、時間がないわ」


 マルティーヌそう言いながら右手のレースの長手袋をしゅるりとぬぐと、掌をじっと見つめた。


 彼女は魔力を一切体外に放出しない特殊体質のため、攻撃術や治癒術などは一切使えない。

 しかし、素手で触れることで、相手の身体を強化できる。

 それは自分の魔力を操ることができる領域を、他者の肉体にまで広げるということだ。


 いつもは、相手の身体の中で自分の魔力をコントロールしてたけど、もしかすると相手の魔力もコントロールできるかも?

 やったことないけど。


「手が、どうかしたのか? マティ」

「うん。ちょっと、試してみたいことがあって……ね」


 マルティーヌは心配そうな兄に片方の手袋を押し付けると、ヴィルジールに近づいていった。

 気配に気づいた彼が、両手で構えた剣を先を見つめながら苦笑する。


「はは……なかなか、うまくいかないものだな」


 その腕まくりした左の前腕に、マルティーヌがいきなり右手を置いた。


「え? マルティーヌ嬢? 何を?」


 汗だくの男の素肌をぺたりと触る令嬢に、さすがのヴィルジールも驚いたようだ。


「何って……」


 掌に直接伝わってきたのは、汗にしっとりと濡れた筋張った筋肉質の腕の感触。

 身体を動かしているせいで体温は高い。

 生々しい男性の腕の感触に、思わず手を引っ込めそうになったが、必死にこらえる。


 汗まみれの男の腕なんて、騎士団にはごろごろあるじゃない!

 というか、それしかないのに、なんでこんなに動揺するのよ。


「ずいぶん積極的だね。君から触れてくれるのは、光栄だけど」


 戸惑いを含んだ彼の言葉にはっとなる。

 問題が、もっと別のところにあることに気づく。


「ち、ちが……あのっ……、い、今から、魔力制御の手本を見しぇ……る、から、殿下は魔力の流れを感じ取って。い、いい?」


 必死に弁明じみた説明を始めたものの、言葉は早口になるし、どもるし噛むし、最悪だった。


 この説明を最初にするべきだったのに、無言でいきなり男の腕に触るなんて、ただの痴女じゃない!

 ついさっきまで、この場の主導権はわたしが握っていたのに……。


 コツが掴めない彼を助けようとしただけなのに、見事に自爆した。

 彼から見たら付け入る隙だらけだ。


「手本……って、どうやって? この可愛らしい手が、私に何の手ほどきをしてくれるんだい?」


 ほら、案の定。


 ヴィルジールの声が少し甘くなり、反対の手の人差し指で、震える手の甲をちょんとつつく。

 マルティーヌの肩がびくりと上がり、彼の腕に置いていた手が思わず離れた。


「ふ、ふざけないでっ!」


 ヴィルジールは逃げていく彼女の右手をぱっと掴むと、元あった場所に戻しながら言う。


「そんなつもりはないよ。それで、私に何を感じさせてくれるの?」

「変な言い方しないで! 魔力の流れだって言ったでしょ! わたしは素手で触れた人間を強化することができるのよ! だから」

「へぇ。すごいね」

「早くわたしの手を放して! ちゃんと、両手で剣をにぎって、前を向いてっ! 早く!」


 恥ずかしさと腹立たしさで、噛みつくように叫ぶと、彼はようやくマルティーヌの手を放し、長剣を握り直して前を向いた。

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