(4)
バスチアンは鍛錬場から出て行くヴィルジールを目で追いながら、からかい半分に言う。
「大変そうだなぁ。マルク」
「……ったく。どうにかしてくれよ、あの王子様」
マルクはうんざりとため息をついた。
自分の秘密をヴィルジールに知られてから、彼はよりいっそう鬱陶しくなった。
意味ありげな態度も言葉も、朝っぱらからお腹いっぱいだ。
ほんっっと、勘弁してほしい。
「で、おまえは本気で、あの王子様を『死の森』に連れて行くつもりなのか?」
「いや、俺はまだ結論を出してない。でも、おまえをこっちに寄越したんだから、元団長はそのつもりなんだろ?」
「ああ、そのようだ」
バスチアンは騎士としても魔術師としても、弓や罠や医術までも平均以上にこなす器用で有能な男だ。
元団長が現役だった頃はオリヴィエと共に副団長を務めており、元団長の腹心であり片腕のような存在だった。
現在は魔獣素材の売買を任されているため、討伐現場に出ることは少なくなったが、相談役として騎士団の若手からの信頼も厚い。
「さっきの手合わせを見た限り、王子様はうちの団にぜひ引き抜きたいと思うほどには腕は良いな。もう一人の方は未知数だが……」
「ああ、側近の彼ね。彼も人間相手なら、かなり強いんだけど……」
ジョエルはヴィルジールの騎士団では二番手の実力の持ち主だが、ベレニスの技を使う主と比較すると、格段の差がある。
彼自身も高位貴族であるということと、生真面目な性格が災いしてか、真っ当な剣術から抜け出せないでいるため、大型魔獣に対峙できるようになるとは思えなかった。
しかし彼は昨日、必ず殿下について行くのだと、頑として譲らなかった。
だから仕方なく、彼にも五日間の猶予を与えた。
「魔術は使えないのか?」
「どうだろう……。強化術は使っているけど」
バスチアンは「ふむ」と考え込んだ。
どうやら彼は、ジョエルを『死の森』に連れていくための指導も命じられているらしい。
何でもこなすバスチアンなら、ジョエルの隠れた適性を見いだせるかもしれない。
「殿下の部下たちの目もあるから、大ぴらには無理だろうけど、うまく仕込んでやってよ」
「りょーかい」
バスチアンは軽く右手をあげると、その場を立ち去った。
彼と入れ替わりに、ロランが駆けてくる。
騎士団の重鎮と話していたから、呼びに来るのを遠慮していたようだ。
「マルク! 早く来てくれよ! とっくに準備は終わってるんだからさ」
「ああ、悪い」
鍛錬場は丸太魔獣周辺に若手団員が残っているだけで、がらんとしていた。
鍛錬場の外にある講堂付近で、討伐演習の出発準備が進められており、男たちのざわめきと馬のいななきが聞こえてきた。
二人連れだって丸太魔獣に向かっていると、ロランがぼそりと言う。
「マルク。おまえ、殿下と仲いいんだな」
「はぁ? 何をどう見たらそう思うんだよ!」
以前は、ヴィルジールとは極力関わらないようにしていた。
しかし、昨日「指導に当たる」と約束してしまったから、仕方なく相手をしているだけなのだ。
仲が良いなどと言われるのは心外だ。
「さっきも息ぴったりだったじゃないか」
「あれは俺が、殿下の動きに合わせていただけだ。そう言うおまえこそ、やけに殿下に懐いたじゃないか。いつの間にか、殿下に似た戦い方をするようになったし」
おかげで、たった数日で彼の腕はかなり上がった。
「うーん。殿下の剣はなんというか、すっげぇかっこいいんだよ。動きに無駄がなくてキレがあって、でも大胆で力強くて。俺もあんなふうに動けるようになりたいんだ!」
ロランの言葉に熱がこもる。
「かっこいい……ねぇ。あぁ、そうか。今朝のロランの役目を俺が取ってしまったから、嫉妬してるんだな」
「ちげーよ!」
彼が絶賛するヴィルジールの戦い方は、勇者ベレニスの正確な模倣。
ベレニスに憧れてラヴェラルタ騎士団に入団したロランが、その憧れの人の剣術の模倣に、そうとは知らずに惹かれ、間接的に写し取ろうとしている。
なんて面白い巡り合わせなんだろう。
しかも、彼を直接教えている俺はベレニスの生まれ変わりなんだよね。
その事実は、教えてあげられないけど。
マルクはふっと笑った。
ロランは十七歳にしてはやや小柄だが、彼の父親や兄は立派な体格をしているから、体の成長の余地はある。
彼の魔力の高さを考えると、将来的にはヴィルジール以上にベレニスの剣を活かせそうだ。
「きっとロランは、これからもっと背が伸びて体格も良くなるだろうから、殿下のような戦い方は合うかもしれないな」
「そうか? よっしぁー!」
いつもはどちらかというと生意気な彼が、いやに素直に笑った。




