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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
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(3)

 辺境伯領から王都までは馬車で五日以上かかるから体の弱い娘には負担が大きい、というのが娘を社交界に出さない言い訳だった。

 ベッドから起きられないほどの重病とまでは言っていない。


「急に熱が出たってことにすれば?」

「いやだめだ。殿下は少なくとも五日は滞在なさるのだから、どこかでボロが出る方が怖い」

「でも、彼には姿を見られてるし……」


 マルティーヌが巨躯魔狼の前に飛び出したとき、殿下とみられる青年はまだ自分の足で立っていた。

 顔までは見られていないと思うが、「女の子」だということは分かったはずだ。


「そうだな。殿下は、茶色の髪の小柄な少女が助けに入ったとおっしゃっていた。彼女に礼がしたいと」

「うわぁ、やっぱり……。お礼なんかいらないから、放っておいて」

「我々は、知らぬ存ぜぬで通したんだが『あれだけの腕を持つのだからラヴェラルタ騎士団の者に違いない。なぜ、知らないのか。騎士団が存在を把握していないのはおかしい』と、叱責されたよ」


 それは当然だろう。


 殿下は実際に巨躯魔狼と対峙し、その強さを身を以て知った。

 そんな凶暴な魔獣を倒せるのは、普段から魔獣を討伐しているラヴェラルタ騎士団の者しかありえない。

 しかも、現場は辺境伯領内なのだ。


「我々はその場にいた訳じゃないから、マティが残した殿下の剣を証拠にして『殿下が倒されたのではないですか?』と言い張ってみたがね」

「殿下は納得したの?」


 その問いに、父親は首を横に振った。


「そんなはずないだろう。だが、殿下も腕の立つ方だから、表向きは殿下が倒したことにするという話でまとめるつもりだ。殿下を助けた娘については、我々も捜索に協力することになった」


「だったら、やっぱりわたしは顔を見せない方が……」


「いや、長剣を振るい伝説級の魔獣を倒す少女なんて、普通はありえない。それに、マティはいつもの、もさもさのカツラをかぶっていたのだろう? 美しく着飾ったおまえと同一人物だとは誰も思わないよ。堂々と顔を見せておいた方が逆に安全だ」


 そう言って目尻を下げた父親は、愛娘の滑らかな頬を撫でた。


 町娘の姿で出かけるときは、カツラだけでなく、化粧で肌の色を濃くし、そばかすまで描いている。

 町の人々にも、近くの農家の娘だと思われているはずだ。


 一方、化粧を落としたマルティーヌの素肌は、透けるように白く、しみやそばかす一つない。

 見事な金髪は少年のように短く切られているが、同じ色の長髪のカツラの準備があるから問題はない。

 目尻の上がった目力のある青い瞳も、少し目を伏せれば長い睫毛が影を作り、儚げな美少女に見えるだろう。


「途中で気分が悪くなったと席を立っても良いから、令嬢らしくいなさい。くれぐれも殿下の前で本性を出さないように」

「は……い。お父様」


 うなだれたマルティーヌが了承すると、部屋の隅に控えていた侍女のコラリーが小さな歓声を上げた。

 嬉々として隣の衣装部屋に金髪のカツラを取りに行く。


「さぁ、マティ。このドレスに着替えるのよ!」


 父親と入れ替わりに、開けっ放しになっていたドアから飛び込んできたのは、興奮で頬を赤く染めた母親のジョルジーヌ。

 娘の瞳の色と同じ、明るい青に染められた生地をふんだんに使った、華やかなドレスを抱えていた。

 彼女の後ろからは、化粧道具や宝飾類が入った箱を持った侍女たちが、気合い十分の面持ちで続々と入場してくる。


「マルティーヌ、さぁ、覚悟なさい」

「ちょっと、待って! わたし、病弱設定なん……だ、から」


 逃げ腰のマルティーヌの言葉は、誰一人聞いていなかった。


 母親のたっての願いで、家族での夕食時には簡素なドレスを着て長髪のカツラをかぶるものの、本格的に着飾ることなど、これまでほとんどなかった娘だ。

 磨きがいのある極上の素材を前に、誰もがこの絶好の機会を逃したくないと考えていた。


「いや……、やめてー!」


 マルティーヌはあっという間に、目を爛々と輝かせた女たちに取り囲まれてしまった。

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