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(3)

「よぉ、マルク。久しぶりだな」


 バスチアンが親しげに右手を挙げた。


 彼は辺境伯領の中央広場で魔獣素材を扱う店を営んでいる。

 そのため、ラヴェラルタ騎士団に籍を置いているものの、訓練には滅多に顔を出さない。

 しかし今日は珍しく、騎士団の制服を身にまとっていた。

 よく見ると無精髭もきれいに剃られており、四十齢過ぎの年齢のはずだが、いつもより若く見える。


「こっちに来るなんてめずらしいな。何かあったのか?」

「あぁ。おやじさんに、今日から合同訓練に加わるように言われたんだよ」

「元団長に?」


 大柄なバスチアンはマルクに上半身を覆いかぶせるようにして声をひそめた。


「ああ。彼の話も聞いている。関わると厄介そうだとは思っていたが、お前以上にややこしい奴だったんだな」


 彼は、三年前にマルティーヌが灰翼蜥蜴シニスラチェルタの巣を壊滅させた時、現場に駆けつけた一人。

 マルティーヌの秘密をいちばん早くから知る、信頼の置ける人物だ。

 そして、町娘に変装したマルティーヌと共に、ヴィルジールらが巨躯魔狼に襲われた現場に駆けつけ、瀕死の重傷を負った王子の側近らの命を繋いだ男でもある。


 どうやら彼は、王子の秘密を聞かされた上で、お目付役を任されたようだ。


 バスチアンは「めんどくせーよなぁ」とぼやきながら、こちらに近づいてくる王子らをちらりと見た。


「バスチアン」


 年は若いが上官の立場であるアロイスが貴人への挨拶を促すと、バスチアンは軍靴を鳴らし、びしりと敬礼した。


「ラヴェラルタ騎士団第一部隊所属、バスチアン・エストレと申します。本日より、合同訓練に参加いたします」

「第一ということはアロイスの精鋭部隊か。鷹翼騎士団のヴィルジールだ」


 軽く敬礼を返し名乗った直後に、ヴィルジールは「おや?」と訝しげな顔をした。


「其方とは……どこかで会ったことはなかったか?」


 目の前の男の名前に聞き覚えはないし、初対面のはずなのだが、見覚えがある気がしてならない。

 どうしても思い出せず気持ち悪い思いをしていると、背後に立つジョエルが耳打ちする。


「中央広場でお会いした方ではないでしょうか」

「ああっ! 素材屋の主人か!」


 正体を突き止められ、バスチアンの口調が胡散臭い商人へと変化した。


「左様にございます。その節は、たくさんの高価な素材をお買い求めいただき、誠にありがとうございました。新たに一角暴鹿ナルワルの角が入りましたので、お目の高い殿下に、ぜひまたお立ち寄りいただきたく」


「……くそ。やられた。ラヴェラルタの関係者だったのか。どうりで……」


 ヴィルジールが汗に濡れた前髪をぐしゃりと握って俯いた。


 彼が謎の少女の手がかりを求めて聞き込み調査を行なっていた時、中央広場の素材屋の主人にも話を聞いた。

 その際、何かを知っている様子の店の主人に足元を見られ、高価な素材を大量に売りつけられたのだ。

 にもかかわらず、ようやく得られたのは「名前を知らないからお嬢と呼んでいる。家も知らない」などという、全く役に立たない証言のみ。


 それすら真っ赤な嘘だったとは——。


 中央広場での調査が不調に終わったのも、おそらくこの男が隠蔽工作をしたのだと悟る。


「この領内で、ラヴェラルタ家に無関係で魔獣素材を扱える訳ないっすよ?」


 しれっと答えるバスチアンに、「ああ、確かにそうだな」とヴィルジールが苦虫を噛み潰したような顔をした。


 おお!

 お父さまですら手玉に取った殿下が、バスチアンにいいようにやられた?

 もしかして、バスチアンが最強?


 思わぬ伏兵の登場に、マルクはすっかり嬉しくなった。


「あはははは! バスチアンの店で何を買ったか知らないけど、品質は俺が保証するよ。俺が狩った魔獣の素材も多いからな!」

「ああ。確かに最高の品質だった。だから、その素材でネックレスでも作ってマルティーヌ嬢にプレゼントしようと思っているんだが、どうだろうか?」


 ラヴェラルタ家の令嬢の正体を知っているくせに、白々しくそんなことを言う。


「はぁ? アクセサリーを贈ったって喜ぶもんか! ラヴェラルタ家の娘にとって、魔獣素材なんかそのへんに転がっている石ころと変わんないんだから。そんなものより……」

「やはり、珍しい王都のお菓子が良いか」

「そう、それ! 絶対、お菓子がいい!」


 彼が示した案を目を輝かせて肯定した直後、今、自分が誰であったのか思い出す。


 やばっ!

 この男のせいで調子が狂った!


 焦って周りを見回すと、そこにいたのは王子と彼の側近、アロイスとバスチアンだけ。

 全員、自分の秘密を知っている者たちだったことに、とりあえずほっとする。


 ヴィルジールはにやにやしており、他の三人は生温かい眼差しでこっちを見ている。

 一瞬出てしまったマルティーヌの素に、皆、気づいているようだ。


 それでも、ごまかさずにはいられない。


「……っと、ええと、引きこもりのあいつなら、その方が喜ぶはずだよ。きっと」

「そうか。それは良いことを聞いた。どうやら私は彼女にひどく嫌われているようでね。どうにかして気を引きたいと思っているのだよ」

「それは絶対無理だね。断言するよ」

「だったら、君がマルティーヌ嬢との仲を取り持ってくれないか。彼女ほど可憐で魅力的な令嬢は王都にもいない。頼むよ、従兄弟殿?」


 正面に立った彼の両手が、馴れ馴れしく肩に乗せられた。

 眉を寄せて懇願するような顔を作っているが、口元は今にも吹き出しそうに歪んでいる。


「ええい! やめろ! そんなこと、絶対お断りだ!」


 ヴィルジールの手を振り払い、拳を握って臨戦態勢に入ると、アロイスが慌てて割って入った。

 その彼も必死に笑いを堪えているようだ。


「ふ……くっ、お、恐れながら、殿下、そろそろ討伐演習に出る時間です。今日は少し森の奥まで行く予定ですので、準備を急ぎましょう」

「そういえば、オリヴィエ団長から小隊編成の変更案を預かっておりますので、出発前にご確認を」


 ジョエルも王子の引き剥がしに協力してくれ、三人は足早にその場から去って行ていった。

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