初対戦の朝(1)
合同訓練初日にロランと手合わせして以来、ヴィルジールはこの少年を朝の肩慣らしの相手として指名してきた。
肩慣らしとはいえ、彼らは周囲の者たちが呆れるほど、いつも本気で剣を交えていた。
実力的には、ラヴェラルタ騎士団の有望株であるロランの方が明らかに上だ。
しかし、時折はっとする動きを見せる王子に、ロランには「次はやられるかもしれない」という危機感が常にあった。
一方、ヴィルジールにとってロランは「次こそは一撃入れられるかもしれない」と闘志に火のつく好敵手だった。
おかげで、競い合う二人の実力はここ数日間でかなり上がった。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
今朝も、ヴィルジールの元にロランがやってきた。
もう相手が王子であっても萎縮することなく、肩の力を抜いて前に立てるようになっていた。
しかしこの朝の王子は、隣にいた側近の背中をぐいと押して、少年の前に出す。
「ロラン。悪いが今日は、ジョエルの相手をしてやってくれないか?」
「え?」
「お手柔らかに頼むよ。ロラン君」
出された側近の右手をロランが戸惑いながら握ると、きつく握り返された。
ロランにとってジョエルは、初日に手合わせして以来の相手だ。
彼は物腰が柔らかく上品で、王子に次いで腕が立つものの、正統派の剣を崩すことのない生真面目な男という印象だった。
その男の瞳にぎらりとした闘志が宿り、固く結んだ唇に強い決意が見て取れる。
「あ……の、何かあったんですか?」
昨日、黒い巨大な魔鳥に襲われた現場に彼も居合わせたと聞くが、それと何か関係があるのだろうかと訝しむ。
しかし、二人はロランの疑問には答えない。
ヴィルジールは「思う存分叩きのめしてやってくれて構わないからね」と軽い口調で言ってロランの肩を叩いた。
そして、近くで監督をしていたマルクの元に向かった。
「マルク副団長。今朝はぜひ、手合わせをお願いしたいのだが」
マルクはヴィルジールをちらりと見上げた後、ふうと小さく息をついた。
「殿下のお抱えの騎士らの前で、膝を折ることになっても構わないか」
「ああ。望むところだ」
「では、お望みのままに」
王子と副団長の会話に周囲がどよめいた。
この二人の対戦は初めてだ。
一方的に絡んでいく横暴な王子と、明らかに迷惑そうにしている騎士団最強の副団長。
ともすると一触即発の気配を発する二人を、どちらの騎士団の騎士たちもひやひやしながら見ていたのだ。
そんな二人が直接対決するとなると、注目を集めることは必至だった。
昨日の事件がなかったら、マルクは決して応じることはなかっただろう。
しかし、自分の最大の秘密を明かした今は、彼に実力を見せつけることに何の問題もない。
むしろ、彼が埋めなければならない力の差を知らしめる良い機会だろう。
それに、彼がベレニスの動きを再現しているというのなら、自分の一部とも言える彼女の剣を直接受けてみたいという思いもあった。
「アロイス」
マルクが背後に視線を向けると、第一部隊の隊長が「では」と前に進み出る。
そして、周囲の注目を集める中「手合わせ始め!」と声を張り上げた。




