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(2)

 執事らが退室する。

 ヴィルジールは熱いお茶を一口飲んだ後、話を切り出した。


「私は、自分が魔王の生まれ変わりであることを、誰にも話すつもりはなかった。巨躯魔狼の前に立ちはだかった勇敢な少女がベレニスを彷彿とさせたから、その正体を知りたかっただけだ。ただ、ベレニスの生まれ変わりに会えれば良かったんだ。その思いが強すぎて、先ほどは醜態を晒してしまったが……」


 そう言うと彼は少し顔を赤らめた。


 ベレニスの生まれ変わりのマルティーヌの前に思わず膝をつき、涙を流してしまったことを、ヴィルジール本人は恥じているらしい。


「あれは、魔王の記憶に引きずられただけだ」


 弁解じみた言葉に「あぁ。そんなことあるよね」とマルティーヌが共感した。

 彼女自身、ベレニスの記憶に同調し、我を忘れることが度々あったからよく分かる。


 ヴィルジールはそんな同情が気に入らなかったらしく、マルティーヌに不機嫌な顔を見せた後、生温かな空気を振り払うように咳払いをした。


「と、とにかく、私は誰にも話さないつもりだったんだ。しかし突然、もういないはずの『魔王の目』が姿を現した」


 あの魔鳥は何本もの矢に狙われ、片方の翼を攻撃術で大きく吹き飛ばされながらも、何かを探すように辺りを見回しながら、必死に空を飛んでいた。

 そして急に方向転換し、ヴィルジールめがけて突っ込んできたのだ。

 あの急角度の攻撃では、殿下らを害することはできても、そのまま屋敷に激突し自らも無事では済まなかったはずだ。


 魔獣が一人の人間を探していたことは不自然だし、命がけの攻撃もありえない。

 何者かに操られていたと考える方が理に適う。


 そして操っていたのは、おそらく——。


 お互い言葉に出さなくても分かる。

 ヴィルジールはマルティーヌの深刻な表情に、小さく頷いた。


「だから私は、自分の秘密を明かしてでも、すぐさま勇者の生まれ変わりを探し出さなければならないと思ったのだ。そのためとはいえ、ラヴェラルタ家を陥れるような、かなり強引な手を使った。申し訳なかった」


 テーブルに両手をつき深く頭を下げた彼の姿に、マルティーヌは驚愕する。


「えっ?」


 あのヴィルジール殿下が……王族が、わたしたちに謝った?


 目の前の王子の姿が信じられなくて、何度も目を瞬かせる。

 グラシアンも慌てふためき、がたがたと椅子を鳴らして立ち上がった。


「殿下、いけません。我々に頭など下げないでください。我々も娘を守るために殿下に対して嘘を重ねていた。そうでなければ、話はもっと早かったのですから」


 ラヴェラルタ家当主の言葉で、王子はようやく顔を上げた。

 そして。


「マルティーヌ嬢。結果的に君一人に全ての負担をかけてしまった。許してほしい」

「へ? あ……のっ……」


 ええええっ? わたしにまで?

 一体、どうしちゃったの?


 先ほどの中庭では、脳みそが沸騰するかと思うほど激しい怒りを感じた。

 彼に向けた刃も殺気も本気だった。

 けれど、今の彼のあまりにも真摯な態度に、どう返答していいか分からない。


 すると彼は、子どもをなだめるような優しげな声で切り出した。


「この後すぐに、君のために用意したお菓子……キャラメル入りのチョコレートと焼き菓子と飴細工を、全てまとめて君の部屋に届けさせるから」

「そ……んなこと……」


 魅力的な提案に思わず飛びつきそうになったが、眉間に力を込めてこらえる。

 これでなんとか、怒りを表現できたらしい。

 許しを得られなかった彼は眉を落とし、すがるような声でさらに言い募る。


「君に届いた舞踏会の招待状も、私から王太子に断りを入れることを約束するよ。だから、お願いだ。許してくれないか」


 王族としてどうなのかというほど情けない王子の様子に、溜飲が下がる。


 厳選された最高級の王都のお菓子と、断ることが困難だった舞踏会の欠席の確約。

 彼から得られる全てを手にし、これまでどうしても勝てなかった天敵のような王子に、ようやく勝利したかのような錯覚に陥る。


「……だったら、許してあげてもいいわ」


 高飛車に応じると、ヴィルジールはぷっと吹き出した。

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