王子の謝罪(1)
「セレス兄さま、ヴィルジール殿下とジョエル様の拘束を解いてあげて」
「あぁ、そうだな」
もはや、彼らを拘束しておく理由はない。
ヴィルジールは確かに魔王の生まれ変わりではあったが、彼自身にも、そして魔王の記憶にも、敵意がないことは明らかだった。
こわばっていたヴィルジールの肩がふっと下がった。
彼は両手を持ち上げ、しびれの残る掌を握ったり開いたりしながら動きを確かめる。
そして、目の前に置かれていたティーカップを取ると、冷め切った中身を一気に飲み干した。
長く話し続けて、よほど喉が渇いていたのだろう。
「不自由な思いをさせまして、大変申し訳ありませんでした。すぐに、熱いお茶を入れなおさせましょう」
グラシアンが手を打って、執事を呼ぶ。
話が途切れたところで、ヴィルジールは後ろを振り返った。
窓際の椅子に座らされていた彼の側近は、ここまでの話があまりにも衝撃的だったのか、青ざめたこわばった顔で、足元の少し先を見つめていた。
拘束術は解けたはずなのに、身体はまだ硬直したままだ。
ラヴェラルタ家の者たちは勇者の真実を既に知っていたし、王子には魔王の記憶があった。
彼だけが、全く何も知らなかったのだから無理もない。
自分が仕えていた主が、魔王の生まれ変わりだったという事実を、受け止めることすら難しかったはずだ。
「ジョエル、お前まで巻き込んでしまってすまなかった」
主から謝罪の言葉をかけられ、ジョエルがびくりと体を震わせ、顔を上げた。
「私とマルティーヌ嬢の秘密を知ってしまったお前は、簡単に自由にさせてやることはできない。だが、悪いようにはしないからしばらく辛抱して欲しい。お前のことは信頼しているから、いずれは……」
そこまで聞いて、ジョエルが突然立ち上がった。
「いいえ、いいえ! そんなことをおっしゃらないでください! 前世が何者であれ、私の主はこれからもずっと殿下でございます。幼少より長くお仕えしてまいりましたのに、何も存じ上げなかったことをむしろ恥じております」
そして彼は、床にがくりと膝をつく。
その肩が震えていた。
ヴィルジールは席を離れると側近の前に立ち、彼の肩に手を置いた。
「ありがとう。私が隠していたのだから、お前が知らないのは当たり前だ。気にするな」
そして、彼を立ち上がらせると、振り返ってラヴェラルタ家の当主を見る。
「グラシアン卿、ジョエルをそちらに同席させてもらっても構わないだろうか。彼は私とは乳兄弟でフォルナード侯爵家に連なる者だ」
となれば、この場では二番目に家格が高い。
「いいえ、そのようなことは……」
ジョエルは最初は固辞していたが、結局ヴィルジールの右隣に席が用意されることとなった。
とはいえ、少し椅子を下げ、王子の斜め後ろに控えるところが従者らしい。
お茶のワゴンを押した侍女とともに応接室に戻ってきた執事は、事情を察したのか、自然な振る舞いで、王子の次にジョエルの前にティーカップを置いた。




