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(4)

 そのとき何があったのか、マルティーヌには思い当たるものあった。


「う……、ごめんなさい。それは、わたし……じゃなくて、ベレニスの仕業だわ」

「はははは。やはり、そうだったか。さっきの君の迷いのない動きを見て、きっとそうだろうと思ったんだ」

「うん。『魔王の目』を倒すのは二回目だったの。あの時は、仲間のラウルが魔鳥の頭に袋をかぶせて目を塞いだのよ。首を落としたのはベレニスよ」


 ベレニスの記憶の中にも、『魔王の目』の姿は頻繁に登場する。


 魔獣と戦っているときに頭上高く舞っていたり、近くの大木や岩の上に止まってじっとこちらを見ている姿をよく見かけたのだ。

 彼女のパーティが移動すると、後を追うようについてくることもあった。


 ベレニス自身は、魔鳥の目を通して魔王が監視しているという説を信じていなかった。

 害意も感じなかったから、しばらく放置していた。


「ベレニスは、しょっちゅう見かける『魔王の目』に愛着を持っていたみたい。時々、肉を投げてやってたから、みんなから餌付けするなと叱られてたっけ」


 自分の記憶ではないのだが、マルティーヌが当時を懐かしむように言った。


 あの頃はまだ、パーティの仲間たちは全員揃っていた。

 魔王の討伐を目標に掲げ、森の奥地へと順調に攻略を進める、充実した日々を送っていた頃だ。


「彼は魔王として目覚めてから、何百年も何も口にしたことはなかった。初めて食べたあの少し焼きすぎた香ばしい肉は、とてつもなく美味かった」


 ヴィルジールも穏やかに笑った。


 ベレニスの仲間たちは『魔王の目』に付きまとわれることを気味悪がっていた。

 他の冒険者たちからも「ベレニスのパーティのせいで、自分たちまで魔王に見られてしまう」などと苦情が相次ぎ、とうとう魔鳥を討伐するに至った。


「なるほど。目隠しのせいで、あの時彼は何が起きたかは分からなかったが、『魔王の目』が死んだと理解はしていた。目を奪われた彼には、それ以降、外で何が起きているのか全く分からなくなった。それでも、きっとベレニスが来てくれると信じていた」


 彼女が魔王の前に到達したのは、それから約半年後のことだった。


 五人いたはずの彼女のパーティは、彼女以外には魔導師の男一人だけとなっていた。


 長剣を正面に構え石の円の中に一歩足を踏み入れたベレニスは、長く厳しい戦闘の日々で、顔は黒く日に焼け、身につけたものは薄汚れ、防具は傷だらけ。

 埃まみれで艶を失った長い赤毛は、もつれた束のまま風に吹かれていた。

 それでも、悲壮なまでの決意と強烈な殺気を身にまとって立つ姿は、素晴らしく気高く美しかった。


 あのベレニスが目の前に立っている。


 やっと……やっと、ここまで来てくれたんだ。


 彼の心は歓喜に震えた。


 剣を構えた彼女が地を力強く蹴り、自分の元へと到達するまでの、一瞬一秒の全ての勇姿を胸に刻む。

 そして、鋭い切っ先が自分の胸に埋め込まれていく様を、涙で歪む視界で最後まで見届けた。


 痛みは全く感じなかった。

 ただただ、嬉しかった。


 あれほど憧れたベレニスが、死を与えてくれたことに感謝しかなかった。


 数百年にも及ぶ、罪悪感と苦痛に苛まれた長い生が、ようやく終わったのだ。

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