(6)
「そんなもの、いらないって言ってるじゃない! 二度も命を救ってあげたのに、どうしてそんなムカつく言い方をされなきゃならないのよ! 何でも望んでいいのなら、ヴィルジール殿下、あなたが一生口をつぐんで! わたしたちのことを誰にも一切しゃべらないで! わたしたちは、この地で平和に暮らしたいだけなんだから、それを奪わないで!」
一気に攻め立てると、ヴィルジールが吹き出すように笑った。
それが、マルティーヌの怒りに油を注ぐ。
「何がおかしいのよ! ばかにしないで! あんたなんか助けるんじゃなかった!」
「マティ、やめるんだ」
オリヴィエがなだめようとするが、興奮しきった口は止まらない。
「わたしたちの剣は下品なんでしょ? 魔獣討伐は汚れ仕事なんでしょ? さんざん貶めておいて、命を救われたからといって今さら褒美なんていらないわ。こっちから願い下げよ!」
「マルティーヌ嬢! 王子殿下に対して、それ以上の暴言は……」
側近のジョエルが主を守るように前に出たが、ヴィルジールが「待て」と制する。
「しかし、殿下っ!」
「よい。お前は手を出すな」
「こんな辺境の地に無理やり押しかけたりして何なの? 暇なの? 魔獣討伐ごっこは楽しかった? それで魔獣に襲われてたんじゃ、お話にもならないわ! しかも、あんたを襲ってくる魔獣はとんでもないヤツばかり……で」
…………あ……れ?
勢いのままに叫んで、ふと気づく。
先ほど彼は、魔鳥に襲われた。
その時、空を飛ぶ魔鳥を一目見て「魔王の目だ!」と叫ばなかったか——。
『魔王の目』と呼ばれる伝説の魔鳥は、四本の獣の足を持ち、額の中央に人間の目のようなぎょろりと開いた三つ目の目がある漆黒の鳥だ。
魔王はその魔鳥を自在に操り、額の目を通してものを見るのだと言い伝えられている。
しかし、実際の『魔王の目』は巨大ではあるが、姿形はほとんど鴉と変わらない。
尾羽の中央が燃え上がるように赤く見える点が違うだけだ。
その唯一の特徴を、ヴィルジールは一瞬で見極めた。
彼はなぜ、そんなことを知っていたの?
生息が確認されていない伝説級の魔物たちは、今では何一つ正確な姿形が伝わっていないのに——。
マルティーヌは自分をかばうように左隣に立つ父親に視線を向けた。
「お父さまは、この鳥の正体をご存知ですか?」
突然話を振られたグラシアンが、背後に横たわる巨大な鳥をちらりと見た。
「いや、分からない。初めて見たな」
「リーヴィ兄さまは?」
「俺も……」と言いかけて、オリヴィエは巨大な黒い鳥の骸をじっと見つめた。
大きな魔力を有することと巨大な体躯、ありえない速さで空を飛んでいたことから、魔鳥には違いない。
しかし、魔獣に多い異形は認められず、どこにでもいる鴉をそのまま大きくしただけのように見える。
尾羽の赤い色が目につくが、そんな特徴を持った魔鳥は知らない。
切り落とされた魔鳥の頭部には、なぜかテーブルクロスが被せられている。
マティはなぜ、わざわざそんなことをしたのだろう……。
まるで、目隠しをしたような……。
そこまで考えて、古の勇者の記憶を持つ妹の意図に思い至り、オリヴィエがはっとした。
「……まさか! だからマティはこの鳥の目を塞いだのか!」
「そう。言い伝えとは全く違う姿をしているけど、この鳥はそうよ」
長兄に頷いてみせてから、マルティーヌはヴィルジールに向き直った。
「数多くの魔獣を討伐してきたラヴェラルタ騎士団の団長すら、この真腸の正体はすぐには分からなかった。なのに、ヴィルジール殿下は一目見ただけで『魔王の目』だと言い当てた。なぜそんなことができたの?」
この追求は両刃の剣だ。
同じ疑問を返されたら、マルティーヌにとっても都合が悪い。
けれど、胸の奥がざわざわする疑問を、このまま放っておくことはできなかった。
もしかすると彼は……。
そんな疑問が頭をもたげてくる。
「『魔王の目』は、明らかに殿下を狙っていた。あなたは王族のくせに、魔獣を討伐する剣技も身につけていたし、普通の人が知らない魔獣の真の姿についても知っている。あなたこそ何かを隠してるんじゃないの? 一体……あなた、何者?」
マルティーヌの問いにヴィルジールはふっと笑った。
「何者か……と? 今の私は、ヴィルジール・ジュスタン・ドゥラメトリア。この国ドゥラメトリア王国の第四王子だ」
「今……の?」
高貴な名前の前に置かれた「今の」という言葉に、引っかかりを覚える。
やっぱり、彼もそうかもしれない——。
しかし今、これほどの敵対関係にある彼だ。
期待というより、息苦しいほどの恐怖を感じていた。




