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(4)

 ほぼ同時に、二本の矢が魔鳥の胴体に突き刺さる。


 マルティーヌは矢が放たれた方向に目を向けた。


「ご無事ですか!」


 屋敷の正門に近い通路から、アロイスと、投擲を専門とする第五部隊の部隊長が弓を手に走ってくる姿が見えた。


「大丈夫か! マティ!」

「ご無事ですか、お嬢様っ!」


 黒々とした羽毛に覆われた巨体の向こう側からも声がする。


「兄さま?」


 すぐさま、中庭に通じる屋敷側の通路から、オリヴィエとクレマン、他二人が息を切らして現れた。

 少し遅れて、杖をついた父親のグラシアンが続く。


 マルティーヌの秘密を守るため、どんな緊急事態であっても、屋敷の敷地内に入れる者は限られている。

 屋敷の周辺には、立ち入りを許されていない多くの騎士団員が集まっているらしく、ざわめきと緊迫感が伝わってくる。


 マルティーヌは、倒されたフェンスや庭木を乗り越えてくる男たちに、剣を握った右手を高く掲げた。


「大丈夫! 魔鳥は倒したわ。それより、殿下を……」


 今は何より、この場にいる要人の安全を確認しなければ。


 そう思って、この国の王子であるヴィルジールに目を向けると、彼は大きく目を見開いて、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 ついさっき、この家の令嬢に剣を強奪されたジョエルも同様だった。


 しまった!

 全然、大丈夫なんかじゃなかった!


 彼らは、病弱であると言い張るラヴェラルタ家の令嬢が、強大な魔鳥を瞬殺する一部始終を、つぶさに見ていたのだ。

 もうどうやっても、その事実をごまかすことはできない。


 やば……。


 マルティーヌは思わず剣を取り落とした。

 思わず両手で頭を抱えて、さらにぎょっとする。

 そこに、自分を貴族令嬢たらしめていた金色の長い髪がない。


 それは、自分と王子とのちょうど中間地点の石のタイルの上で、だらしなく役目を放棄していた。


「うわぁぁぁっ!」


 最悪——だ。


 いちばん早く自分の元に駆けつけた兄を見上げて、マルティーヌは声を震わせた。


「どうしよう……リーヴィ兄」


 泣き出しそうに下がる眉に、かすかに潤んだ青い瞳。

 整った顔をより際立たせる薄化粧をほどこしているが、髪は少年のようにすっきりと刈り上げられた短髪だ。

 赤黒い血が飛び散る清楚なデザインの空色のドレスと、繊細な白いレースの長手袋。

 足元を浸すように流れる黒みを帯びた赤。

 その上に落ちた血濡れの長剣。

 首を落とされて絶命した、漆黒の巨大魔鳥が背景を飾る。


 すべての取り合わせが壮絶におかしい。

 しかし、なぜか絶妙に調和し、勇猛かつ幻想的な物語の一場面のように見えた。

 目の前の美少女はもちろん主人公だ。


 勇者の姿に一瞬見とれかけたオリヴィエは、そういう状況でないことを思い出して気を引き締める。

 彼はヴィルジールをちらりと見やってから、妹の頬を両手で包み込んだ。


「なんて顔してるんだ。よくやった、マティ。王子を助けるなんて、さすが俺の妹だ!」


 大きな声で言いながら、妹の短い金色の髪をわしわしとかき混ぜた。


「でも……完全にバレちゃった」

「いや、バレたのはマティがマルクだったってことだけだ。まだ、一番重要な部分はバレちゃいない。大丈夫だ」


 二人がこそこそと話していると、不自由な足をひきずりながら、倒れたフェンスを乗り越えてきた父親も、杖を高く振り上げて叫んだ。


「マルティーヌ、お手柄だ! よくぞ殿下を守ってくれた」


 もうどうやっても、娘が魔鳥を倒した事実は覆せないから、開き直ることにしたようだ。

 娘が王子の命を救ったこともまた事実であるから、大いに賞賛して王子に恩を売ろうという算段だろう。


「お怪我はございませんか、殿下!」

「屋敷に到達する前に仕留めたかったのですが、力不足で申し訳ありませんでした」


 ヴィルジールの元にはアロイスらが駆け寄った。


 マルティーヌが魔鳥の首を落とした直後に胴体に突き刺さった二本の矢は、彼らの手によるものだ。

 それ以外に矢傷はなかったから、上空高く猛スピードで飛ぶ魔鳥を射落とすことはできなかったのだろう。

 しかし、魔鳥の片方の翼には、何か大きなものがぶち破ったような怪我があった。


「あぁぁ、もう邪魔だよ! どいて!」


 いらついた声と同時に、魔鳥によってなぎ倒された重いフェンスが、がちゃがちゃと音を立てて反対方向にひっくり返された。

 そうして作った道を通って、最後に駆けつけたのはセレスタン。

 空を飛ぶ魔鳥に、唯一の傷を負わせたのは彼だった。


 彼は妹の姿を見つけると、「あぁ、マティ〜!」と目を輝かせて駆け寄ってきたが、流石にその場の空気を読んでか、抱きついたりはしなかった。

 妹の肩を何度か叩いてから、きっと後ろを振り返る。


 そこには、ゆっくりと近づいてきたヴィルジールの姿があった。

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