(2)
青紫色をした一個を選んでフォークを刺してみると、微かな弾力を感じた後にすっと通った。
とても柔らかく、気をつけないとフォークから抜け落ちてしまいそうだ。
多分甘いのだろうが、どんな味がするのか見当もつかない。
期待たっぷりに口に運ぶと、ふわりと溶けて、ブルーベリーの甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。
「え? なにこれ? 口の中で消えちゃった? まるで雲を食べてるみたい!」
初めての食感に感動して、令嬢の武装はあっさりと解除された。
思わず両頬を手で押さえると、体をくねらせ、きゃあきゃあと身悶えする。
すぐさまもう一つ頬張ると、こちらは上品な桃の味がする。
「まぁ、こっちは桃だわ! もしかして、色によって全部味が違うの? あぁ、どれも美味しーい! この紫色は葡萄かしら? きっとそうよね!」
ついさっきまで、どうしようもなく荒んだ気分だったのに、一気に楽しくなった。
次はどの色を食べようかと、うきうき迷っていると、正面から「可愛いな」という声が聞こえた。
「え?」
さっきの装飾だらけのポエムのような賛辞とは違う、真っ直ぐな褒め言葉に、思わず体がびくりと反応する。
顔を上げると、頬杖をついたヴィルジールがじっとこちらを見つめていた。
美しい形の唇が微かな音も立てずに、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「あのっ…………ぁ……うぅ」
「か・わ・い・い」と言った口に見えたが、声のない言葉にどう反応すれば良いのか。
万一、全然別の言葉を言っていたとしたら、勘違いが恥ずかしすぎる。
かといって、聞き返すのも絶対無理。
もぅ、どうしたらいいのよぉ。
困った末に、正面の男からぱっと視線をそらせると、彼はそれすら面白いようだ。
くすくす笑いながら、自分の皿の上のピンクのギモーヴにフォークを刺した。
「王都の令嬢方の間で一番人気なのはこのピンク……いちごミルク味だそうだよ。ほら」
テーブルに身を乗り出し、淡いピンクの立方体をマルティーヌの口元に差し出す。
自分の皿には同じ色のギモーヴは一個もない。
彼の方には、目の前のフォークに刺さったこの一個だけだ。
彼がさっき、コラリーに何かを耳打ちしていたのは、そういうことだったの?
きっと、一番人気の味をヴィルジールの皿だけに乗せさせたのだ。
指でつまんで食べた方が良さそうな形状のお菓子だったのに、わざわざフォークを用意させたのも作戦だったに違いない。
裏切ったわね、コラリー。
さっき天使に見えた侍女は、実は悪魔の手下だった。
腹立たしくてにらんでやりたかったが、彼女はジョエルと共に、蔓薔薇のアーチの前まで追いやられていた。
目の前にいるのは、にっくきヴィルジールだけ。
「食べないのかい? ほぉら、落ちちゃうよ」
彼がにやにやしながら、フォークを軽く上下に揺すった。
その尖った先から、貴重な一個が落ちてしまうのではないかと気が気でない。
彼との初めてのお茶会の時、二つにちぎったアップルパイを手掴みで差し出され、「早く食べないと、中の林檎が落ちてしまうよ」と迫られた。
その時は、何が正解なのか分からず、大混乱の末に彼の指先のパイにかじりついた。
あれは、大失敗だったと思う。
とはいえ、同じ状況に追い込まれた今も、正解は全く分からない。
きっと彼は、自分のフォークで食べさせたいと思っているはず。
恋人同士のような振る舞いで、わたしを恥ずかしがらせたいんだわ。
でも、唯一のいちごミルク味は絶対に今食べたい!
だったら。
「その手には乗らないわ」
マルティーヌはにやりと笑って、素早く右手を伸ばした。
フォークの先からお菓子を奪い取ると、そのまま口の中に放り込む。
「ふ……わぁぁっ!」
今は秋だというのに、口の中がふわりと春めいた。
ミルクのまろやかさが、いちごの甘酸っぱさを引き立てており、儚い食感とあいまって夢心地になる。
王都の令嬢たちを夢中にさせるのも納得だ。
「本当に美味しゅうございますわ」
口元を両手で隠して気取って言うと、ヴィルジールは爆笑する。
「あははは。いいね、斬新だ!」
「……楽しんでいただけたようで、なによりですわ」
本当は彼の期待を裏切ってがっかりさせたかったのだが、今回も失敗だったようだ。
けれど、このお茶会の目的が『王子殿下を楽しませる』なら、正解の一つではあったかもしれない。
彼に味方になってもらうため、機嫌を損ねさえしなければそれでいい。
そう無理やり納得する。
「じゃあ、次はどうする?」
ヴィルジールが楽しげに、淡い朱色のギモーヴにフォークを刺した。
ええっ? まだやるの?
「ほら、早く」
うんざりしていると、目の前で赤い四角が上下に揺れる。
同じ手をあえて使うのもアリ?
彼の期待通り、そのままフォークから食べるべき?
同じ色はこっちの皿にもあるから無視する?
そんな風に悩んでいると、一瞬、周囲が陰った。
鳥が羽ばたくような大きな音と、強い風と凄まじい魔力が空から降ってくる。
ぱたりと、赤い飛沫が白いテーブルクロスに落ちた。




