非情な追求(1)
あの屈辱のお茶会から三日後。
そろそろ開かれるであろう次回のお茶会を阻止するために、オリヴィエはヴィルジールの鷹翼騎士団と共同の討伐演習を企画した。
早朝からとっぷりと日が落ちるまで、『死の森』の浅い場所で、初心者向けの小型魔獣の討伐を行うのだ。
そのスケジュールならお茶会を開くことは不可能だし、鍛錬場に残るマルクにつきまとうこともできない。
おかげでマルクはヴィルジールの目を気にすることなく、丸太魔獣での鍛錬に集中することができた。
久々に自らも剣を取って魔獣の牙となり、ロランたち若手をしごき上げた。
しかし、思う存分暴れまわる充実した日々は長くは続かなかった。
討伐演習二日目の日程を終え、夜遅く野営地に戻ったヴィルジールが宣ったのだ。
「我々は、慣れない魔獣の討伐で疲れ果てている。このまま演習を続けると、思わぬ事故につながりかねない。よって、明日一日は休養日とする」
と——。
かくしてマルク……いや、マルティーヌの目の前には、淡い色がついた一口大の立方体がたっぷり並べられた皿が置かれることとなった。
「これは今、王都でとても流行っているギモーヴというお菓子だよ。食べたことはあるかい?」
「い……いいえ」
最初の挨拶はお互い形式通りだったからなんとかなったが、改めて彼と向き合うと、どう接して良いのか分からない。
彼の前では令嬢ぶるのはやめたはずだったのに、今日は素を出すことがひどく難しい。
自然と『貴族令嬢』という武装をしていた。
右手の人差し指の第一関節あたりが、奇妙に疼いて落ち着かない。
「兄上たちには内緒だよ」と釘を刺されたが、彼に言われるまでもなく、誰にも話せなかった無様な敗北の名残。
その指を左手でぎゅっと握りしめ、気持ちを落ち着かせようとゆっくりと息を吐いた。
正面に座っているヴィルジールは、先日よりくだけた装いをしている。
前髪は上げていないし、シャツのボタンを上から二つ外し、タイも結んでいない。
唯一の装飾品は、上着の胸元に留められた、一角暴鹿の角に第四王子の紋章を刻んだカメオ。
国境の街道で彼を助けた時や、その後も何度か目にしたことのある、とてつもなく高価な逸品だった。
一方のマルティーヌは、淡いブルーのシンプルなドレス。
胸元と袖口にたくさん並んだ小さなボタンは一角暴鹿素材で、図らずも王子とお揃いになってしまった。
マルティーヌの視線がカメオに留まったことで、彼も同じことに気づいたらしい。
「君のドレスのボタンも一角暴鹿の角だね。グリーンの色がそれほど強く出ているのは珍しい。私の瞳の色と似ているな」
満足そうに笑う彼に、ぎょっとする。
同じ素材を身につけているだけでも嫌なのに、彼の瞳と同じ色だなんて、最悪だ。
今すぐボタンをむしり取りたい衝動に駆られたが、必死に耐えてぎこちない笑顔を作った。
「そ、そんな……気のせいですわ」
実際、色は全然似ていないのだ
一角暴鹿の角は黄味がかった柔らかな緑に白い色がマーブル状に混ざっているのに対して、彼の瞳は夏の針葉樹を思わせる深い緑。
変な言いがかりはやめてよ!
しかし彼は、うっとりと言葉を続ける。
「社交界では皆、恋人の瞳の色のドレスやアクセサリーを身につけて、その甘やかな関係を誇示するんだ。君が私の色をそんなにたくさん身につけてくれるなんて、光栄に思うよ。けれど、私色した最上級の一角暴鹿も、君の美しさの前には色褪せて見える」
「だから、全然違う色です……わ。だ、だって、殿下の瞳の方がもっと色が深くて、き、きらき……ら、して素敵でしゅ、わ……よ?」
彼の瞳の色とは全然違うことを強調したかっただけなのに、このいけすかない顔だけ男の容姿を褒める事態になってしまう。
言い慣れない褒め言葉に声が上ずり、言葉は噛むし、語尾はなぜか疑問形。
完全な自爆行為に、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯くと、彼は生暖かい笑みを浮かべた。
そして、情け容赦なく猛然と褒め返してくる。
「そんなことないよ。私などより、君の青く澄んだ瞳の方がはるかに美しい。その瞳をちらりとでも覗き込めば、水の女神に魅入られたような……」
やばいっ!
このままでは、また拷問のような長い長い美辞麗句が始まってしまう。
放っておいたらダメージが蓄積されるし、目の前の素敵なお菓子もいつ食べられるのか分からない。
なんとか阻止しようと「いいえ、わたくしのことは……」と言葉を挟む。
と同時に、テーブルに呼び鈴がことりと置かれた。
「では、御用がありましたらお知らせくださいませ」
侍女のコラリーが会話をぶった切って、丁寧にお辞儀をしてから去っていく。
あぁ、コラリー!
使用人が王子殿下の言葉を遮るなどもってのほかだが、マルティーヌには彼女の後ろ姿が天使に見えた。
ヴィルジールも興が削がれたらしい。
「ほら、食べてみて。美味しいから」とお菓子を勧めてくる。
「えぇ、いただきますわ」
嫌な話の流れは断ち切れたし、目の前には珍しい王都のお菓子。
マルティーヌは今度は心からの笑顔を見せた。




