(6)
「君の好きなアップルパイは、あまり日持ちがしないから持ってこられなかったけど、焼き菓子や、飴細工、王都で流行しているギモーヴはたっぷり準備したんだ。あ、そうそう、チョコレートはもう一種類あるよ。中にキャラメルが入っているんだ」
なぜか、彼の口から出てきたのは魅力的なお菓子の名前の数々。
思わず腰が砕けそうになったが、はっと思い至る。
これはきっと罠だ。
甘い甘いお菓子の中に毒が詰まっているに決まってる。
絶対そうだ!
「それは、どういう意味? 美味しそうなお菓子の名前しか聞こえなかったけど、一体どんな裏の意味があるの?」
確信を持ってきっと相手を睨み付けると、彼は吹き出した。
「ふ……くくっ。いや、俺はお菓子の名前しか言って……ない、よ?」
そして笑いをこらえながら席を立つと、テーブルを回り込んでくる。
危険を感じたマルティーヌは、彼から少しでも距離を取ろうと椅子の上で身をよじった。
「かわいい君を喜ばせたくて、王都の美味をたくさん用意してきたんだ。裏の意味があるとすれば、そうだな……また君とこうして会いたいということだよ、マティ」
「そ、そんなことが、見返りになるわけないじゃない!」
「なるよ、充分。俺は、一筋縄ではいかない君のことが気に入っているんだ。だから、君が今日のように俺を楽しませてくれたら、舞踏会の件はなんとかしてあげてもいい」
そこまで言うと彼は、ふっと足元に屈み込んだ。
強引にマルティーヌの手を取ると、その甲に唇を落とす。
そして、はらりと落ちた銀色の前髪の隙間から上目遣いで見つめ「どうかな?」と甘い声で問うてきた。
「……な……!」
やられた!
またしてもやられた!
彼はこうやって、わたしを易々と手玉に取るんだ。
答えは「はい」の一択しかない。
けれど、あまりにも口惜しくてなかなか返事ができないでいると、彼はちょっと不満げな顔をしてマルティーヌの人差し指だけをつまみ上げた。
そして、その指先を——。
「ぎゃあぁぁ。分かった。分かりました! お茶会しますっ! 殿下を楽しませます! だから、だから離して!」
レースに包まれた人差し指の第一関節あたりが、彼の白い歯で上下から挟まれている。
こつりとした硬い感触が指に伝わるだけで、全く痛くはない。
しかし、魔獣に頭からかじられたに匹敵する、いや、それ以上の衝撃だった。
マルティーヌの魔力がどれほど高くとも、それを全部指先に極振りしたとしても、絶対に敵わない殺傷力抜群の攻撃。
完全なる敗北。
様子を見守っていた侍女のコラリーも、主の指先が男に食われている光景に悲鳴を上げた。
しかし、直接王子から近づくことを禁じられていたため、その場でオロオロするだけだ。
ヴィルジールの側近のジョエルもその場から動けないまま、右の手のひらで顔を覆って俯き、肩を震わせていた。
台詞をつけるとしたら「あちゃ〜」だろうか。
「お願い! やめてやめて! 許して!」
マルティーヌが必死で懇願すると、ようやく指先が戒めから解放された。
「じゃあ、それは約束の印だ。兄上たちには内緒だよ? また連絡する」
ヴィルジールが勝ち誇ったように言った。
彼と側近の姿が、薔薇のアーチの向こうに消えると、マルティーヌは慌てて手袋をはずした。
彼に噛まれた白い指の表と裏には、四つの小さな凹凸が僅かに赤みを帯びて残っていた。




