(2)
「これからマルティーヌ嬢に大事な話があるから、少し離れていてくれないか? 用があれば呼ぶから」
「か、かしこまりました」
コラリーは不安そうな顔をしながらも、呼び鈴をテーブルに置いて薔薇のアーチの脇にまで下がった。
同様にジョエルも遠ざけられ、コラリーとはアーチを挟んだ反対側に待機する。
これでほぼ、彼と二人きり。
今日は、失敗が許されない。
昨日、兄と父親から聞かされた話を思い出すと身震いがする。
マルティーヌは気を落ち着けようと、まず紅茶を一口飲んだ。
ヴィルジールも相手の緊張をほぐそうとしているのか、しばらくは目の前のチョコレートを作った職人や、王都での人気ぶりを話題とした。
そして、こう切り出した。
「君は、社交界で君がどう呼ばれているか知ってるかい?」
「わたくしがですか?」
そう問われてマルティーヌは考え込む。
そもそも病弱を理由に社交界に出ていないのだから、人々の話題に上るとは考えづらい。
しいて言えば。
「そうですわね。死の森の引きこもり……などでしょうか?」
『死の森の引きこもり』は、よく兄たちが冗談でいう言葉だ。
マルクの姿の時の自分も、人前に出られない分身をそう揶揄していた。
だから、それしか思いつかなかったのだが、ヴィルジールは「ふはっ!」と吹き出した。
そして笑いをこらえながら、テーブルに飾られた花の中から淡いピンクの薔薇を抜き出し、マルティーヌに差し出した。
「『ラヴェラルタの秘された花』……マルティーヌ嬢はそう呼ばれているんだよ」
「ええっ? ど、どうして花だなんて呼ばれているのでしょう? 誰もわたくしのことをご存知ないはずですのに」
女性を花に例えることは珍しくないが、『秘された花』という比喩に悪意は感じられない。
ラヴェラルタ家は『死の森』の一部を領地に含み、魔物討伐を生業とすることから、社交界では肩身の狭い思いをしていると聞く。
その領地から一歩も出ない娘のことも、よく思われていないはずなのに。
「もしかして、社交界ならではの隠語だったりするのでしょうか?」
そう聞いてみると、ヴィルジールは「君は自己評価が低いな」と笑いながら首を横に振った。
「皆、マルティーヌ嬢のことはよく知ってるんだよ。あのオリヴィエやセレスタンが、さんざん妹を自慢するからね。なのに、君が一切社交界に出てこないから、噂が噂を呼び、どれほどすばらしい令嬢なのかと期待ばかり大きくなっているんだ」
「まさか、そんなことになっているなんて、思いもしませんでしたわ」
兄二人の妹への溺愛ぶりは、社交界でもよく知られている。
オリヴィエはどちらかというと口下手だが、妹の話となると途端に饒舌になる。
セレスタンは、誰彼構わず妹への愛を語りまくるから、煙たがられていると聞く。
それでも、社交界に出るつもりのない自分には、害のないことだと思っていたのだが——。
「そんな折、私がラヴェラルタ家に滞在することになった。噂のマルティーヌ嬢に会ったことがある男は、家族以外では私とジョエルだけ。だから、王都に戻った後、いろんな者から質問責めにあったんだよ。ジョエルには、一切口外しないように命じたんだがね」
「それでは、殿下はどうお答えに?」
「ラヴェラルタ辺境伯家の令嬢は、まばゆく輝く金色の豊かな髪と、澄んだ湖を思わせる瞳と、絹のような滑らかな白い肌。人の立ち入ることが許されない秘された土地で、ひっそりと咲いた清楚な百合……いや、頬を染めた初々しい姿は、薄紅色の可憐な薔薇か。はずかしそうに震える小さく華奢な肩は守ってあげたく……」
彼の口からとめどなく紡ぎ出される、お芝居の台詞かと思うほどの美辞麗句。
マルティーヌは耐えきれなくなって思わず立ち上がった。




