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 ようやく、彼の興味が謎の少女から逸れたようだ。

 ほっとしたマルクは、自慢げに騎士団の精鋭たちの名を挙げていく。


「あぁ。俺以外だとアロイス、クレマン、頑張ればトリスタンあたりもいけるかもしれない。魔術師ならセレスだ」

「……オリヴィエでは無理なのか?」


 ヴィルジールが落胆したように言う。

 彼にとっては、唯一実際に剣を交えたことがあるオリヴィエが基準となるのだろう。


「一人ではちょっと難しいな。でも、彼には団長としての重要な役割がある」

「そうだな。では、火炎黒竜フラマドラコニスならどうだ? 倒せる者はいるか?」

「火炎黒竜?」

「そう。あの、口から火を吐く竜だ。強敵だろう?」

「口から火……ねぇ」


 マルクはしばらく考える。


 火炎黒竜も伝説上の魔獣とされており、正確な出現記録は残っていない。

 翼のある巨大なワニのような姿をしており、火を吐くと言い伝えられているが、実際には火ではなく鉄をも溶かす強力な酸を吐きちらす。

 空を自在に飛ぶことができることから、人間にとっては巨躯魔狼よりはるかに戦いづらい。


 マルクも今の時代では火炎黒竜を討伐したことはない。

 見たことすらない。


 ベレニスは仲間たちと協力して何度か討伐したことがあるが、その時の手応えを考えると一人でも倒せそうに思える。


「俺なら一人でもなんとかなる。さっきの三人は一人じゃ無理だけど、セレスのような腕利きの魔術師か、第七部隊の罠師と組めばいける。火炎黒竜は巨躯魔狼ほど硬くないから、口と翼さえ封じれは、倒すことは難しくないんだ」

「ほう。まるで戦ったことがあるような口ぶりだな。火炎黒竜も伝説級のはずだが?」


 ヴィルジールがすっと目を細めた。


 しくじったか?


 王子の表情にマルクの背筋が一瞬冷えた。

 しかし、ラヴェラルタ騎士団では、まだ見ぬ魔獣に遭遇したことを想定して様々な戦略を立てている。

 ベレニスの知識と経験が役立っているとはいえ、さっき言ったような討伐方法は騎士団で立案され共有されていることだ。


 だから問題はない、はず。


「空を飛び、火という飛び道具を持つという特徴の魔獣なんだろう? 『死の森』にはどんな魔獣が潜んでいるか分からないんだ。実際に戦ったことがなくても、それくらい想定できなくてどうするんだよ!」


 きっぱりと言い切ると、ヴィルジールは納得したように頷いた。


「それもそうだな」

「もういいか? 彼らが限界だ」


 マルクは顎で丸太の山を示した。

 そろそろ休憩にしようと思っていたところにヴィルジールが来たものだから、すっかりタイミングを逃してしまった。


 魔獣話でしばらく目を離した隙に、丸太魔獣の攻略を続けている団員は、ロランをはじめ数人に激減していた。

 多くは負傷と体力の限界で離脱しており、治癒や回復術を施されても復帰がままならない。

 魔術師見習いたちが慌ただしく動き回っているが、彼らもきっと限界に近いだろう。


「ああ。訓練中、邪魔をしたな」


 彼はそう言ったものの、その場を動こうとしなかった。

 こちらをじっと見下ろしている。


「あー、もう! なんであっちに戻らないんだ」

「もうしばらく見学させてもらおう。なに、もう君の邪魔はしないよ」

「いるだけで邪魔なんだよ! だいたい、殿下にも自分の隊を監督する責任があるだろう。早く戻ってくれ!」

「私の隊は、そちらの騎士団の優秀なアロイス殿に指導を任せてあるから心配ない。今、鷹翼騎士団がやっている訓練は、私には必要がないんだろう? アロイス殿も『殿下には不要』と言っていたではないか」


「……またそうやって言葉尻を取る」


 マルクは相手に聞こえないよう、ぼそりと呟いた。


 確かに、魔獣討伐に適した戦い方を身につけていた彼には、丸太の山の向こう側で行われている初歩的な訓練は不要だろう。

 このまま丸太の山に放り込んでも、そこそこ戦えそうだ。


 だからといって、あのきらきら騎士団の長である彼が、責務を放棄して良いはずはない。

 それなのに彼が隣に居座っているのは、ただの我儘からではない。


 これは、監視だ。

 彼はまだ、俺があの娘ではないかと疑っている——。


 マルクは彼をちらりと横目で見た。


 そうこうしている間にも、丸太の山からはまた一人脱落した。

 若手の中では、ロランに次いで実力のあるクロヴィスだ。

 足を滑らせた際に丸太の隙間に下半身が挟まってしまい、自力では脱出できなくなっている。


 既に脱落して手当てを受けていた数人が助けに向かったものの、彼らも体力の限界で足元がふらついており、このままでは二次被害が起きそうだ。


 そういう経験も訓練のうちだけど、彼らにはまだ酷だ。

 それに、今すぐここから離れたい。


 おあつらえ向きの口実を見つけたマルクは、右手を上げて「しばらく休憩!」と叫ぶと、クロヴィスの救出に向かった。

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