(4)
彼をそれほどまでに魅了した剣士なら、かなりの腕前に違いない。
見よう見まねで再現したその剣士の戦い振りからは自分たちと同じ臭いがし、マルクの首筋をぶわりと熱くさせた。
けれど、その人物に全く心当たりがなかった。
この国で魔獣討伐を担うのはラヴェラルタ騎士団だけだが、該当する剣士はいない。
彼は先日、隣国の話をしていたから、ハイドリヒ騎士団の者の可能性もあるが、やはり思い当たらない。
もしかすると、自分が知らない達人がどこかにいるのかと思うと、俄然興味が湧く。
しかし、ヴィルジールは視線をふと足元に落とした。
「訳あって詳しくは言えないが、もう、とうに亡くなっている」
「……そっか。それは残念だ。一度手合わせをしてもらいたかったのに」
自分より強い人間に出会ったことのないマルクはがっかりした。
いつの間にか、準備運動がてらの手合わせは中断されてしまい、双方の騎士団の者たちが手持ち無沙汰になっていた。
「殿下。そろそろ、次の訓練に移りましょう。あれほどの技をお持ちの殿下には不要でしょうが、殿下の騎士団の方々に、我々流の戦い方を知っていただこうと思っております」
この後の指導を担当するアロイスが、ヴィルジールに声をかける。
「そうだな」
「あちらで私の隊が準備しておりますので……」
アロイスが指差したのは、今いる場所から遠く離れた鍛錬場の端。
そこに、第一部隊の精鋭たちが準備運動をしながら待機していた。
これだけ離れていれば、マルクはヴィルジールの目を気にしなくても済むし、若手の訓練に集中できる。
さっさと、あっちへ行ってくれ!
早く訓練を始めたくてマルクが焦れていると、ヴィルジールは首を横に振った。
「いや、アロイス殿。この後の訓練も、この場所でお願いする」
「えっ? いえ、ここは手狭ですし、丸太魔獣の近くは木切れや人間が飛んできますので危険です」
「今も手合わせをやっていたのだから、狭くはない。それに、魔獣の討伐を学ぼうという者が、飛んできた木切れや人間など避けられなくてどうする」
屁理屈のようなヴィルジールの反論に、マルクは思わずかっとなる。
「初心者が近くにいたんじゃ、俺たちの訓練の邪魔になるんだよ!」
「なんだ。君たちの集中力は、その程度のものなのか?」
冷ややかな返答に、マルクは頭を抱えた。
「あ〜っ、もう……」
ああ言えばこう言う。
これは、昨日と全く同じ展開じゃないか。
昨日は彼の挑発に乗って増幅した魔力を浴びせてやったが、今日はそんなネタがない。
それに、大規模討伐まで日がないから、貴重な時間を浪費したくなかった。
言い合いをしたところで、結局は王子様が我を通すのだから——。
「分かったよ。勝手にやってくれ。ただし、俺らに巻き込まれて怪我をしても自己責任だからな!」
そうは言ったが、殿下の騎士団に危険が及べば、優秀なアロイスの部隊がカバーするだろうし、万一怪我人が出れば、丸太魔獣の訓練に参加する魔術師たちが治癒術を施す。
こちらが一方的に負担を被るだけで、彼らが困ることは全くないのだ。
ほんっとに、この男はずるい!
彼の近くにいるだけでイライラが膨れ上がっていくから、マルクは若手らを引き連れて、丸太の山の向こう側に移動した。
ここなら、お互いの姿は見えない。
そう安心して、若手らに丸太魔獣の討伐を命じた。




