(2)
ヴィルジールは側近を呼び寄せると、入れ替わるように彼のいた場所に足を向けた。
それまでジョエルの相手をしていたロランが、ぎょっとなった。
彼の今までの相手は、その立ち居振る舞いと王子の側近という地位から、間違いなく貴族だった。
というより、殿下の騎士団の面々は、もれなく貴族の子息だろう。
年齢も五から十歳ぐらいは年長の者ばかりだ。
そのせいで、ラヴェラルタの若手たちは相手を圧倒しつつも、戦いづらそうにしていた。
そこへ、親玉とも言える第四王子がにこやかに登場したのだ。
腰が引けて当然だ。
「君は昨日の……ロランだったね? 手合わせ願えるかい?」
「い、いいえ……。俺ではなくマルクの方が……」
訓練とはいえ、さすがに自国の王子と平民の自分が剣を交えることはできないと考えたらしい。
いつもは生意気なロランが、助けを求めるような視線を向けてきた。
しかしにっこり笑ったマルクは、無言のまま、人差し指を立てた右手を顔の横でくるくると回して見せる。
その仕草に、隣にいたオリヴィエは思わず目を見開いたが、副団長の指示に口出しはしなかった。
「マジかぁ……」
副団長からの『ガンガン行け!』の合図にロランが愕然としていると、何も知らない王子が「さあ、構えて」と促してくる。
ロランは仕方なしに、「よろしくお願いします」と剣を構えた。
彼はラヴェラルタ騎士団の若手の中では、いちばんの有望株。
魔獣討伐の経験が足りないだけで、戦闘力は騎士団で上位にあった。
先ほども、普段より実力を抑えた状態で、ジョエルを圧倒していたほどだ。
ヴィルジールはジョエルより腕が立つはずだが、ラヴェラルタ流で戦うロランには敵わないだろう。
二人が向かい合うと、オリヴィエが「では、始め!」と号令をかけた。
やっちゃえ、ロラン!
今日は部下の少年が王子様を叩きのめしてくれるだろうと、マルクがわくわくしながら二人の対戦を見守る。
ところが、初っ端から奇襲をかけたのはヴィルジールの方だった。
先ほどまで貴族の剣を受けてきたロランは、今回も相手が真正面から挑んでくるものと思っていた。
しかし、王子はそう見せかけておいてふっと身体を落とし、ロランの足元を蹴り払ったのだ。
「うおっ!」
瞬時に反応したロランは土を蹴って高く跳躍したが、落下する軌道目掛けて即座に剣が振り払われる。
彼はとっさに身をよじって刃をかわすと、足を伸ばして剣を握る相手の手元を蹴りつけた。
バランスを崩しながらもなんとか無傷で着地したロランは、この一瞬に起きた出来事が信じられず何度か瞬きした。
「えええっ? なんで?」
正面には、蹴られた手を押さえて痛みをこらえる男の姿があった。
自分たちとは違う紺色の高級な軍服を身にまとった彼は、この国の王子であったはず。
さっきまで相手をしていた貴族の騎士よりも、さらに高貴な生まれなのだ。
なのに彼の剣は、奇襲を使い体術を交えるなど、正統派の剣術とは大きくかけ離れていた。
それはむしろ、自分たちの戦闘スタイルとよく似ていた。
ヴィルジールはしてやったとばかりに、にやりと笑った。
「さすがだな。奇をてらったつもりだったが、こんな風にかわされるとは思わなかった。さすがはラヴェラルタ騎士団だ。さあ、ロラン、続けるぞ」
王子の言葉にロランの表情が変わった。
手のひらに唾を吐き、しっかりと剣を握り直す。
相手が王子とはいえ、遠慮不要とみなしたのか、あるいは本気でかからないと危ないと判断したのか、猛然と斬りかかっていく。
王子は、変則的な軌道を描いて次々に繰り出されるロランの剣をしのぎながら、自らも鋭い突きを交えてくる。
時には強化術で高く跳躍し、時には地に伏せ、素早い蹴りも繰り出す。
まるでラヴェラルタ騎士団の実力者同士で戦っているかような、なんでもありの激しい攻防に、周囲の者たちの手が止まった。
それは肩慣らしという生易しいものではなく、相手を倒すことに執着した真剣勝負。
激しい金属音が絶え間なく響き、巻き上がる砂埃で視界がしばしば煙った。




