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「えっ? 特別なチョコレート?」


 マルティーヌがぱっと顔を上げた。

 直後に、またもやお菓子につられてしまった自分の子どもっぽさが恥ずかしくなり、斜め下に視線を落とす。


「そんなものには、釣られないんだから……」


 オリヴィエは、ふてくされた妹の前に屈み込むと、ずれたカツラを直して髪をそっと撫でた。


「悔しいが、殿下はお前のことをよく分かってるようだな。どうせお茶会を断ることなどできないんだ。せめて、少しでも楽しみがあったほうが良いだろう?」

「でも……」

「大丈夫だ。万一、どうしようもない事態になったら、ラヴェラルタ家はドゥラメトリア王国から独立してでもお前を守る」


 いきなりの爆弾発言に、マルティーヌは驚いて兄の顔を見た。


「え? え? 独立? 何言ってるの。冗談でしょ?」


 しかし、じっとこちらを見つめ返す兄の瞳は真剣そのもので、それが冗談ではないことを証明していた。


 焦ったマルティーヌは、確認するように両親を見る。

 娘と目があった父親のグラシアンは、腕を組んで頷いた。


「え……? 本気な……の?」

「三年前にお前が秘密を明かしてくれた後、家族と騎士団の主な面々で話し合ったんだ。これは、ラヴェラルタの総意だよ」

「だけど……独立って」

「ベレニスの両親とは違って、我々には大事な娘を守るための戦力と財力と覚悟があるということだ。安心しなさい」


 父親はそう言って、右の拳で自身の胸元を叩いた。


 ラヴェラルタ家は代々、魔獣討伐こそが一族の使命であると考え、権力には全く興味がなかった。

 だからこそ、辺境伯という地位を賜り、大きな戦力を持つことが許された。

 ラヴェラルタ騎士団も、人間や他国を相手に戦力を行使しないことをドゥラメトリア国王に宣誓している。


 しかし、その国から独立するとなれば話は別だ。

 ラヴェラルタ家がその気になれば、領地の独立どころか王国を倒すことすら難しくないだろう。


「でも、それはそれで、プレッシャーよ! 失敗する自信しかないのにぃぃ」

「まぁ、気楽にやりなさい。もしお前が失敗しても、私がなんとかヴィルジール殿下を説得しよう。殿下だって、我々を敵に回すようなことはなさらないだろう。そうそう最悪な事態にはならないさ」

「そ……か、そうよね」


 勇者ベレニスは、弱者である両親を守るために、たった一人で多くのものを背負いすぎた。

 けれど今は、家族という存在が自分を守る大きな盾となってくれる。


 自分一人だけで戦わなくてもいい。

 それが、どれほど心強いか——。


 マルティーヌが「ありがとう」と言いかけた時、部屋のドアが大きな音をたてて開いた。

 飛び込んできたのはセレスタンだ。


「ひどいじゃないか! どうして僕を呼んでくれなかったの!」

「セレス兄さま」


 次兄もまた、美しく着飾った妹を前にしばし立ち尽くす。

 そして。


「あぁ、マティぃぃー! なんて綺麗なんだ! まるで夜の女神が降臨したようじゃないか!」

「こら! やめるんだ!」


 目を爛々と輝かせ、美しく着飾った妹に抱きつこうと突進する弟の前に、オリヴィエが立ちふさがった。

 勢い余ったセレスタンは可愛い妹ではなく、硬い筋肉のついた胸板に抱きついてしまい、そのままがっちりと拘束された。


「放せよぉ! これじゃ、可愛いマティが全然見えないー!」


 視界まで奪われて、セレスタンは両手を両足をじたばたさせて抗議する。


「みんな、抜け駆けなんてひどいじゃないか! 僕に隠れて何の話をしていたのさ」

「マティを王国に渡さないための相談だ」


 オリヴィエが声を潜めて言うと、弟は一瞬だけきょとんとなった。


「あぁー、あの話? 大丈夫だよぉ、マティ。ドゥラメトリア王国なんて僕がぶっつぶしてあげるからね」


 のんきな口調で、誰よりも過激な言葉を吐くセレスタンに、マルティーヌの顔色が変わった。


 確かに彼一人でも、王国に対して壊滅的な被害を与えられるだろう。

 彼は戦力としては、ある意味マルクより恐ろしいのだ。


 わたしのお茶会での言動如何で、この国やラヴェラルタ辺境伯領の未来が大きく変わってしまう?

 下手をすると、王都が焦土と化すかも……?


「だ、大丈夫。王国をぶっつぶしたりなんてしなくていいからっ、セレス兄さま!」

「えーっ? 遠慮しなくていいのに」

「わたしちゃんとやれるから。だからお母さま、また特訓をお願いします!」


 マルティーヌは、今度こそお茶会を成功させてみせると心に決めた。

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