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「これ、王家主催の舞踏会の招待状だわ。陛下はご病気だから王太子殿下が署名されてるけど、正式なものよ」
「ええっ?」
驚いたマルティーヌは、母親の手から招待状をひったくるように取ると、目を凝らした。
舞踏会が開催されるのは、社交シーズンでもない冬真っ只中の三ヶ月後。
五日間の日程という大規模なものだ。
最後の署名はヴィルジールではなく、アダラール・ブリアック・ドゥラメトリアとなっていた。
この名前は、いくら社交界や政治に興味がないマルティーヌでも知っている。
国王の嫡男で王太子、切れ者としても知られる、この国の実質的な最高権力者だ。
よりによっていちばん断りづらい……というより、断ることができない招待状。
召喚状といっても過言ではない代物だった。
「嘘だっ! なんで、王太子から直々に招待状がくるの? まさか、ヴィルジール殿下が何かチクったの? わたしが病弱だってことに、してくれたんじゃなかったの?」
「先日は、そんなご様子だったのにねぇ」
母親が難しい顔をしながら、もう一通の封を切る。
「社交界に出ることはきっぱり断ったし、あいつも残念だって言ってたじゃない! それは、出なくてもいいって意味じゃなかったの?」
これまで社交界に一切顔を出さなくても、どこからも苦言はなかった。
まれに招待状が届いても儀礼的なものにすぎなかったから、辺境伯から断りを入れればそれで収まった。
なのに、ヴィルジールが王都に戻ってすぐのこのタイミングで、王太子自らが招待状を送ってくるなんて、第四王子が密告したとしか考えられない。
「あのうさんくさい笑顔にまんまと騙されたぁー! 王族なんてやっぱり信用できないっ!」
「あら……? そうでもないかもしれないわよ? ほら、見てごらんなさい」
「え?」
手渡されたのはヴィルジールからのカードだった。
『愛しのマルティーヌ』の書き出しから始まるそのカードには、今回の王家からの招待状は彼の本意ではないことと、この件で力になりたいということが書かれていた。
その言葉を信じるのなら、彼が「ラヴェラルタ辺境伯家の令嬢は病弱ではない」と、暴露したわけではなさそうだ。
「このあいだの騒動がきっかけで、王太子殿下があなたに興味を持ってしまわれたのかもしれないわね」
「王太子様に興味を持たれる要素なんてないわよ!」
確かにヴィルジールには興味を持たれたようだが、彼を助けた娘ではないかという疑いと、社交に不慣れな貴族令嬢が物珍しかったからにすぎない……はず。
この国の頂点に座する人物に通用するものではない。
「だってあなたは、見た目だけは最上級の貴族令嬢ですもの。ヴィルジール殿下が、王太子殿下の前で、あなたを褒め過ぎちゃったのかもしれないわ」
「えーっ? だとしたら、お母様のせいじゃない」
「まぁ! かわいい娘を着飾らせたいと思うのは、母親の本能だから仕方ないじゃない。とにかく、この件はお父様に相談するとして、あなたが今しなきゃならないのは……」
母親が周囲に目配せすると、控えていた侍女たちの目がぎらりと光った。
「え? 待って、もう少し休憩……」
「もう、時間がないわ! さぁみんな、丹念に磨き上げるわよぉ!」
母親が声を上げると、マルティーヌ包囲網は一気に距離を詰めてきた。




