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「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください  作者: 平田加津実
第1章 ラヴェラルタ家の令嬢は病弱である
5/210

(5)

「俺が相手だ」


 マルティーヌは長剣を大きく振って、刃にまとわりつく獣の血を払い落すと、魔狼を追い詰めるように前に出た。

 身にあまる大きさの長剣を両手でしっかりと握りしめると、足元の土を踏みしめる。


「かかってこいよ」


 怒り狂った魔狼が我を忘れ、新たな敵に飛びかかろうと身構えた。

 が、長さの違う前足のせいでバランスを崩し、傷口に体重がかかる。


 ギャッ!


 悲鳴をあげ、大きく傾く巨体。


 マルティーヌはその懐に素早く飛び込むと、長剣を高く振り上げた。


 鋼のように硬い毛皮に覆われているはずの獣の喉に、少女の構えた切っ先はあっさりと突き刺さる。

 そして、勢い余って倒れこむ魔獣の体重と、長剣を振り切りつつ魔獣と反対方向に飛び出したマルティーヌの動きによって、魔狼の喉笛は深々と切り裂かれた。


 大量の血が真紅のカーテンを引いたように流れ落ちる。

 地響きをあげて巨体が地面に倒れこむ。


 獣はもう悲鳴をあげるどころか、息をすることすら困難だった。

 激しい苦痛に身を捩り、手足が泳ぐように空を切る。


「今、楽にしてやる」


 マルティーヌは激しくもがき苦しむ魔狼を冷静に観察しながら、土を蹴り、高く跳躍した。

 一瞬、露わになった心臓の位置を目掛けて、体重を乗せた切っ先を深々と突き立てる。


 魔狼の躯は痙攣したように大きく跳ね、その後全く動かなくなった。


「ふぅ」


 マルティーヌは額の汗を拭うと、息絶えた魔狼の肩の上から、周囲を眺めた。


 あたりに散らばる普通の赤魔狼の死骸は、ざっと十数頭。

 倒れている人間は、最後まで残っていた青年を入れて、見える範囲で六人。

 さっき、薮の中に投げ飛ばされた男がいたし、他にも見えない場所に犠牲者がいるかもしれない。


 道の少し奥には、黒塗りの大型の馬車が横倒しになっていた。

 紋章などはつけられていないが、かなり立派な造りだ。

 市に逃げてきた暴れ馬はあの馬車を引いていたに違いない。


 最後まで残っていた銀髪の青年は、切り落とされた魔狼の前足の向こう側に、うつ伏せで倒れている。

 気を失っているようだが、深手は負っていなさそうだ。


 彼が身につけている明るい紺色の上着やブーツなどは、周囲の人々と比べて明らかに上質。

 右手に握りしめたままの長剣も、柄に華やかな装飾が施された最高級品だ。

 おそらく彼が、この一行の若き主だろう。


「うん。彼にしよう」


 おそらく彼が、倒れている男たちの中で一番腕が立つ。

 そう判断して、魔狼の肩から倒れている彼の前へと飛び降りると、握りしめる彼の指をほどいて長剣を手に取った。


 巨躯魔狼ほどではないにしろ、普通の赤魔狼の体毛も硬く、一般的な剣で倒すには相当な技術と体力を必要とする。

 先ほどの死闘であちこち刃こぼれを起こしているが、血と獣脂がこびりついている彼の剣は、持ち主の実力の高さを物語っていた。


「へぇ。最後まで残っていただけのことはあるな。ちょっと、これ借りるよ」


 マルティーヌは彼の剣を手に魔狼の肩の上に戻ると、獣の首筋に剣を立てた。


「はっ!」


 両腕で力を込めると、先ほどまで巨躯魔狼に全く歯が立たなかった彼の剣は、頸骨をもくだいてあっさり突き刺さった。

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