(5)
「俺が相手だ」
マルティーヌは長剣を大きく振って、刃にまとわりつく獣の血を払い落すと、魔狼を追い詰めるように前に出た。
身にあまる大きさの長剣を両手でしっかりと握りしめると、足元の土を踏みしめる。
「かかってこいよ」
怒り狂った魔狼が我を忘れ、新たな敵に飛びかかろうと身構えた。
が、長さの違う前足のせいでバランスを崩し、傷口に体重がかかる。
ギャッ!
悲鳴をあげ、大きく傾く巨体。
マルティーヌはその懐に素早く飛び込むと、長剣を高く振り上げた。
鋼のように硬い毛皮に覆われているはずの獣の喉に、少女の構えた切っ先はあっさりと突き刺さる。
そして、勢い余って倒れこむ魔獣の体重と、長剣を振り切りつつ魔獣と反対方向に飛び出したマルティーヌの動きによって、魔狼の喉笛は深々と切り裂かれた。
大量の血が真紅のカーテンを引いたように流れ落ちる。
地響きをあげて巨体が地面に倒れこむ。
獣はもう悲鳴をあげるどころか、息をすることすら困難だった。
激しい苦痛に身を捩り、手足が泳ぐように空を切る。
「今、楽にしてやる」
マルティーヌは激しくもがき苦しむ魔狼を冷静に観察しながら、土を蹴り、高く跳躍した。
一瞬、露わになった心臓の位置を目掛けて、体重を乗せた切っ先を深々と突き立てる。
魔狼の躯は痙攣したように大きく跳ね、その後全く動かなくなった。
「ふぅ」
マルティーヌは額の汗を拭うと、息絶えた魔狼の肩の上から、周囲を眺めた。
あたりに散らばる普通の赤魔狼の死骸は、ざっと十数頭。
倒れている人間は、最後まで残っていた青年を入れて、見える範囲で六人。
さっき、薮の中に投げ飛ばされた男がいたし、他にも見えない場所に犠牲者がいるかもしれない。
道の少し奥には、黒塗りの大型の馬車が横倒しになっていた。
紋章などはつけられていないが、かなり立派な造りだ。
市に逃げてきた暴れ馬はあの馬車を引いていたに違いない。
最後まで残っていた銀髪の青年は、切り落とされた魔狼の前足の向こう側に、うつ伏せで倒れている。
気を失っているようだが、深手は負っていなさそうだ。
彼が身につけている明るい紺色の上着やブーツなどは、周囲の人々と比べて明らかに上質。
右手に握りしめたままの長剣も、柄に華やかな装飾が施された最高級品だ。
おそらく彼が、この一行の若き主だろう。
「うん。彼にしよう」
おそらく彼が、倒れている男たちの中で一番腕が立つ。
そう判断して、魔狼の肩から倒れている彼の前へと飛び降りると、握りしめる彼の指をほどいて長剣を手に取った。
巨躯魔狼ほどではないにしろ、普通の赤魔狼の体毛も硬く、一般的な剣で倒すには相当な技術と体力を必要とする。
先ほどの死闘であちこち刃こぼれを起こしているが、血と獣脂がこびりついている彼の剣は、持ち主の実力の高さを物語っていた。
「へぇ。最後まで残っていただけのことはあるな。ちょっと、これ借りるよ」
マルティーヌは彼の剣を手に魔狼の肩の上に戻ると、獣の首筋に剣を立てた。
「はっ!」
両腕で力を込めると、先ほどまで巨躯魔狼に全く歯が立たなかった彼の剣は、頸骨をもくだいてあっさり突き刺さった。