(10)
「う……ぅ、ぐっ」
ヴィルジールは立ち上がろうとしたが、腕の関節が全く機能せず、がくりと土の上に崩れ落ちた。
同時に、強い目眩と吐き気が襲ってきて、口を押さえて土の上で体を丸める。
「こ……んな、す……さ、うっ」
さらに、脳みそがゆさぶられるような、激しい頭痛まで起きてきた。
大量の魔力を浴びせられると、体内の魔力バランスが崩れ、酒に酔ったような症状が起きることは知られている。
悪意をもって集中的に魔力をぶつけない限り、このようなことは起こらないが、あの若い副団長を中心に全方向に放出された魔力は、攻撃的ではなかった。
多くの魔力保持者が自然と体に纏う、何の悪意も意図もない純粋な魔力と同じだった。
違ったのは、圧力を感じさせるほどの膨大な量。
それが、これほどまでの威力を持つとは——。
「で……んか、ご、無事……うっ……」
すぐ近くから、ジョエルの呻くような声がする。
彼も全く無事ではないようだ。
苦痛を堪えてなんとか体を起こすと、世界がぐるぐる回っていた。
気を抜くと吐きそうだし、また倒れてもおかしくなかった。
霞む目でなんとか周囲の様子をうかがうと、少し離れた場所で待機させていた自分の騎士の多くが、膝をついて苦しんでいるように見える。
人を崩れさせるほどの魔力が、あんな遠くまで届くとは信じられなかった。
周囲にいるラヴェラルタ騎士団の者たちは、こういう展開に慣れているのか、全く影響を受けていないようだ。
少し離れた場所にいる者たちが、不意打ちをくらって地面にへたり込んでいた。
「殿下、大丈夫ですか?」
「あ……あぁ」
背中を支えてくれたのは、妙に口元がひきつったセレスタンだ。
笑いを押し殺していることがまる分かりだが、腹を立てる気力もなかった。
「うちの小さい魔王様には、あまりお近づきにならない方がよろしいかと。彼は僕以上の魔力量だと説明してましたでしょう? でも実際は、何倍あるか分からないくらいなのです」
セレスタンの魔力量はこの国トップクラスだと言われている。
その、何倍……だと?
だとしたら彼は、こうなることが分かっていながら、魔力を放出したのか。
「ふ…ふ…、魔王……か」
まんまと「後悔」させられてしまったことに、なぜか笑いが湧いてくる。
「殿下、回復術はご入用でしょうか?」
丁寧な言葉遣いのセレスタンの声が楽しげだ。
妹を溺愛する彼は、彼女にちょっかいを出す自分に敵意をむき出しにしていたから、意趣返しのつもりもあるかもしれない。
これまで経験したことのない、身体の中身をぐじゃぐじゃにかき混ぜられているような堪え難い不快感は、彼の回復術なら一瞬で消え去るだろう。
しかし。
「…………たのむ」
プライドが邪魔をして、そう返事するまでに少し時間を要した。




