(9)
「おい、マルク。ちょっと待ってくれ!」
意気揚々と歩くマルクの後ろを、オリヴィエが追っていく。
そして、マルクに並ぶと肩を引き寄せ、自分の大きな体に隠して拳を握ってみせた。
「く、くくくっっ」
マルクは湧き出してくる喜びを噛み締めながら、大きな拳に自分の小さな拳をごつんと合わせる。
「やってくれたな! マルク」
「あー、すかっとしたぁ! ざまあみろってんだ! もう、大声で叫び出したいくらい、いい気分だ」
病弱令嬢のマルティーヌとして彼と接した時、さんざん煮え湯を飲まされたのだ。
今はマルクではあるが、ようやくあのいやな男に一矢を報いた気がした。
「セレス兄のコレ、やっぱりすごいよね」
マルクは興奮気味に言いながら、隊服の二番目のボタンを指差した。
他のボタンと全く同じ見た目のそれは、男装の妹を「魔力なし」と見下し、ちょっかいをかけてくる不届き者を撃退するために、セレスタンが開発した魔道具だった。
マルクは自分の魔力を体外に放出することができない体質ではあるが、素手で触れたものに強化術を施すことはできる。
このボタンは、強化のために流した魔力をそのまま外に放出させるのだ。
膨大な魔力を有するマルクにとっては、その単純な機能だけで十分だったのだが、妹を溺愛するセレスタンは「かわいいマティに手を出す奴は滅びろ」と、魔力を増幅させる機能までつけた。
その威力は凄まじく、増幅した魔力を間近で食らった者は、しばらく立つこともできなくなる。
そのため、これまで使い所に困っていたのだが、今日、最高の場面で活用できた。
本当に胸のすく思いだった。
「リーヴィも見ただろ? 王子様のあの間抜けな姿! くくくっ」
「あぁ、傑作だった。あれだけ挑発したんだから、文句は言えないだろうしな。……それはそうと」
オリヴィエが足を止め、深刻そうに声を落とす。
「殿下はおそらく、巨躯魔狼を倒した娘がお前じゃないかと疑うだろう。うまくやってくれよ」
「なぁ。あれは、女装したマルクでしたではダメかな?」
「俺らが知らぬ存ぜぬで通してしまったからな。今更、うちの副団長でしたとは言えないよ。ったく、なんだってまた戻ってきたんだ」
殿下と今後関わることはないだろうと思ったから、そんな娘のことは知らないと言い張ったのだ。
戻ってくることが分かっていたら、「あれはうちの女装趣味の副団長の仕業です」と、マルクを紹介してしまえたのに。
その方が、よっぽど動きやすかったのに。
今更だけど。
「それにしても……、王子様って暇なのか? 二週間もこんな辺境の地にいるなんて、どんな物好きだよ?」
「まぁ、実質王位継承権第二位と言われているが、彼自身は王座には興味はないようだし、暇なのかもしれないな。俺らはクソ忙しい時期だってのに」
オリヴィエはうんざりしたようにため息をついた。
そして「それよりも」と先ほどよりもさらに深刻そうに声をひそめる。
「何だよ。まだ、何かあるのか?」
「おまえ、今日は早く上がれ」
「ええっ? なんでだよ。丸太魔獣の訓練が始まったばかりなのに」
大規模遠征まで日がない上に、二週間も邪魔が入るのだ。
今日は、切り刻んだ丸太を松明にして、夜遅くまで訓練するつもりだった。
そうしないと、若手たちが仕上がらない。
「早く帰らないと、ドレスに着替える暇がないだろう?」
「…………え? ドレス?」
不穏な言葉にマルクの背筋が凍りつく。
「今日からまた、ヴィルジール殿下と夕食を共にすることになるだろうからな」
「ええーっ! 嘘だろぉ……」
マルクは絶望のあまり、膝から崩れ落ちそうになった。




