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(5)

 丸太の上の三人は動きを止め、観戦者は振り返り、声が聞こえた方向に目を向けた。


 団長は訓練を止めろとは言ったが、集まれとは言っていない。

 しかし、丸太の山を取り囲んで歓声を上げていた野次馬団員らの半数が顔色を変え、一斉に団長の元へと走り去っていった。

 取り残された者たちも、何事かと逡巡したのち、先に動いた者たちに倣ってばらばらと続いていった。


 マルクは取り残された側だったが、取り残された理由は他の者たちと違っていた。


「な……んで?」


 もう二度と会うことはないだろうと高をくくっていた人物が、ドゥラメトリア王国軍の濃紺の軍服を身にまとい、兄二人に挟まれた中央に立っている。

 実用性を最重視した泥臭い雰囲気の濃緑の隊服の中に、胸にいくつもの勲章をつけたきらびやかな姿。

 王族に対する強い拒否感と同時に、先日彼の掌で転がされた屈辱感と羞恥が引きずり出されてくる。


 別れ際に言っていた「近いうちにまた」という台詞はこういう意味だった?


 思わず、現実逃避で視線を逸らすと、剣を腰に納めたアロイスがマルクの肩に手を置いた。


「いいか、マルク。お前はあのとき魔獣討伐に行っていたから初対面だ。心してかかれ」

「マルクらしく、いつも通りふてぶてしくな!」


 クレマンはにやりと笑って、丸太の山を飛び降りる。

 マルクの一番重要な秘密までを知っている二人の言葉は、今現在、自分が何者であるかを思い出させる。


 そうだ、俺はラヴェラルタ騎士団副団長のマルクなんだ。


 そう自分に言い聞かせながら、マルクという人間が置かれた状況を頭の中で整理する。


 先日のヴィルジールの滞在中、マルティーヌは辺境伯令嬢として屋敷に軟禁状態だった。

 その間、騎士団に顔を出せなかったマルクは、『死の森』に魔獣の討伐に出ていることになっていた。

 それは、マルクの正体を知らない多くの団員たちに向けての説明であったが、ヴィルジールにもそう伝えてあった。


 マルティーヌはヴィルジール殿下と不本意にもお茶会をした仲だが、マルクはまだ彼に会ったことがない。

 けれど、副団長という立場なら、彼や巨躯魔狼の出現についての詳細な報告は受けているはず。

 会ったことはなくとも、ある程度は知っている風でないとおかしい。


 今回は、王子を魔獣から助けておきながら病弱の令嬢を装った前回より、難しい立ち回りが必要になりそうだ。

 けれど、男として彼の前に立つ方が、気持ちの上でははるかに楽。


「よし」


 マルクは長剣を腰に戻し、丸太から飛び降りた。


 マルクが訓練をつけていた若手たちは、前回、ヴィルジール殿下に関わっていなかった者がほとんどらしく、戸惑った様子で上官の指示を待っていた。


「全員、隊列後方に整列!」


 マルクは声を張り上げて指示を出すと、若手を率いて走り出した。


 団長らの前には、すでに隊列が整いつつあった。

 アロイスら部隊長を先頭に、七つの部隊がそれぞれ縦二列に並んでいる。

 その端には、鍛錬場での訓練に治癒役として参加していた魔術師たちが二十名程度。

 マルクが率いてきた若手は、まだ所属する隊が決まっていないため、全体の後方に横に二列に並ばせた。


 総勢、ざっと五百名。


 討伐と調査に出ている二部隊が不在で、普段離れた場所で訓練をしている魔術師の大部分がいなかったが、騎士団全体の約七割程度が集まっていた。


「マルク、こっちだ!」


 隊列の後方にマルクの姿を見つけたオリヴィエが、セレスタンの隣を指し示す。

 あわよくば若手たちに紛れ込もうと思ったが、やはりそうはいかないようだ。


「悪い、遅れた」


 マルクはなるべくいつもの調子で言うと、普段の定位置であるセレスタンの隣に立った。

 ヴィルジールの視線が自分に向いていることに気づいていたから、彼の方をちらりと見て軽く敬礼を送る。

 彼の方は挨拶がわりに小さく頷いて見せた。


 お互い初対面ではあるが、ヴィルジールは勲章がじゃらじゃらついた軍服で団長の隣に立っているのだから、かなりの地位の者であることは客観的に分かる。

 マルクは少年ではあるが、副団長と並んで立つことで、騎士団の中での地位は向こうからも想像がつく。

 オリヴィエから事前に説明がされている可能性もある。

 だから、このやり取りは間違いではない——はず。


 マルクは正面を向くと、緊張を逃すように小さく息をついた。

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