(3)
『死の森』への大規模な遠征まであと一ヶ月を切り、ラヴェラルタ騎士団の訓練はより厳しさを増していた。
今、マルクが訓練を担当しているのは、入団して二年未満の若手で、大型魔獣の討伐が未経験の者たちだ。
今後、この若手の中から遠征に参加させる団員を選抜する。
「しばらく休憩!」
副団長のマルクは声を張り上げると、丸太の山に挑んでいた団員たち全員を自分の前に集めた。
この訓練を初めて経験する者が多いこともあり、ほんの二十分ほどの間に、目の前の男たちは、ほぼ全員ズタボロ。
荒い息遣いとうめき声が、その場に充満していた。
「みんなもっと効率的に身体強化を使え! やみくもに全身を強化しても、すぐに魔力が底をつく。効率的に魔力を配分しろ!」
お説教の間に、魔術師見習いたちが、疲れ果て傷ついた団員たちを次々と治癒していく。
これも、訓練の一環だった。
そこへ二人の男が近づいてきた。
背が高く細身で、長めの茶色の髪を後ろで小さく一つにまとているのは、第一部隊長のアロイス。
身体強化術に優れた彼は、スピードとキレのある攻撃が得意なだけでなく、弓術の腕も良い。
彼より背が低く、少し童顔な顔に似合わない髭面の男は、第二部隊の隊長クレマン。
十分ではない魔力を、熱苦しい努力と筋肉への信仰心で補ってきた重量級の騎士だ。
彼らは三年前の灰翼蜥蜴の事件の時、マルティーヌを追って『死の森』に入ったオリヴィエと行動を共にしており、マルティーヌが勇者の生まれ変わりであることを知る数少ない者たちだ。
当然、マルクの正体がマルティーヌであることも知っている。
「うわぁ、みんな清々しいくらいにぼろぼろだなぁ」
「はははっ。俺らもこの丸太魔獣には苦戦したっけ。血反吐を吐くほどになぁ」
アロイスが肩をすくめながらも楽しげに言うと、クレマンが快活に笑う。
彼らは、マルクが三年前に考案した丸太を使った訓練の最初の犠牲者だった。
その厳しさを身をもって知っているからこそ、若い団員たちの激励にやってきたのだ。
マルクは軽く手を上げて、二人に応じる。
「やぁ、アロイス、クレマン。ちょうどいいところに来てくれた。彼らに見本を見せてやってくれないか?」
かつては丸太魔獣に苦しめられた彼らも、今では騎士団のトップクラスの実力を誇り、部隊長を務めるほどになった。
実際の大型魔獣の討伐の経験も豊富であるから、今更、丸太ごときに苦労することはない。
「見本? 少しぐらいなら構わないが」
「何本ぐらい切ればいい? それとも、崩し落とせばいいのか?」
余裕を見せる二人に、マルクはさらりと言う。
「血反吐を吐く見本をよろしく」
「はあっ?」
部隊長二人が困惑している間に、マルクは休憩中の若手の中からまだ余力がありそうな者を指名する。
「二人じゃ足りないから、ロラン、クロヴィス、パトリスも入れ!」
そして、問答無用で「攻撃開始!」と五人を丸太の山に投入した。
号令がかかれば、さすがに騎士団の団員だ。
全員が表情を引き締めて丸太魔獣に切り掛かっていく。
二人のベテランが加わったことで、訓練の様相は先ほどまでとは劇的に変わった。
若手三人が、崩れる丸太に巻き込まれたり、弾き飛ばされたりすることがほとんどなくなり、順調に丸太の山が削られていく。
「すげぇな、おい!」
「一体、何が起きてるんだ?」
残りの団員たちの目には、さっきまで一緒に苦戦していた仲間が突然上手くなったように見えるらしく、どよめきが起こった。
「お前たち、さっきまでと何が違うか分かるか?」
マルクが休憩中の若い団員たちに向き直る。
「理由はわかりませんが、全員が動きやすそうに見えます」
入団してまだ半年の少年が、怪我をした腕に治癒術を受けながら答える。
「部隊長二人の視線の動きを、よく見てみろ! 彼らは仲間の動きを把握して、全体として効率的な攻撃ができるように動いているんだ」
「なるほど……」
「あれが共闘だ。お前たちは、自分の攻撃だけに必死で周りが全く見えていない。だから、無意識に仲間の邪魔をしているし、下手をすると自分の剣を当ててしまう。それでは大型魔獣は倒せない」
見学者の全員の目の色が変わる様子を見て、マルクは満足そうに唇の端を上げた。
振り返って丸太の山を見ると、ベテランに混ざって実際に共闘を体験している新人三人は、短時間で目覚ましい上達を見せている。
特に、もともと能力の高いロランの動きは、荒削りながらも素晴らしかった。
「さてと、丸太魔獣は崩れて予測不能な動きはするが、鋭い牙や爪はないし、反撃する意思もない。そういう意味では安全な敵だ」
そう言ってマルクは腰の剣を抜いた。




