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もう一人の副団長(1)

 広々とした鍛錬場の中央に、人の背丈の二倍ほどの高さに大量の丸太が積まれている。

 木の太さや長さはバラバラで、積み方も乱雑。

 その、今にも崩れそうな丸太の山の上と周辺に、長剣を手にした騎士団員が大勢集まっていた。

 全部で三十名ほどいるだろうか。

 ほとんどが、十代に見える若者たちだ。


「何をしているんだ、あれは?」


 ヴィルジールは右目にあてていた小型の望遠鏡を外した。

 丸く縁取られた向こう側で繰り広げられている光景が信じられず、隣のジョエルに問う。

 遠見の魔術が使える彼は、望遠鏡を使わなくても、はるかに鮮明に広い範囲を見渡せる。


「なんでしょう……。ラヴェラルタ騎士団流の壮大な薪割り、ですかね?」


 側近が冗談めかして言うが、確かに、五、六人の団員が、山と積まれた丸太を長剣で切り刻んでいるように見える。


「そんな馬鹿な」


 そう言いながらもう一度レンズを覗くと、一人の男が大きく崩れた丸太に弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた瞬間を捉えた。

 その衝撃的な光景に、思わず「うわっ!」と声が出た。


 身体強化術を施せば、太い丸太を普通の長剣で切り刻むことは可能だ。

 しかし、それを長時間続けるのは体力的にも魔力的にも厳しい。

 しかも、乱雑に積まれた丸太の山は不安定でバランスが取りづらいだけでなく、自分以外の団員の動きの影響で、跳ね上がったり崩れたりと予測不能な動きをする。


「どうやら、丸太の山を大型魔獣に見立てた掃討訓練のようですね。本物の魔獣で練習はできませんから、なかなかうまい方法かと」

「丸太が意思を持って攻撃してくることはないから、十分とはいえないがな」


 とはいえ、望遠鏡の向こうの光景が凄まじすぎて、寒気がする。

 ヴィルジールは望遠鏡を下ろすと腕をさすった。


 二人が見ている間にも、丸太から落下したり、隙間に足を挟まれたり、先ほどの男のように弾き飛ばされたりする者が続出していた。

 地面に落とされ負傷したり気を失った者の元には、少し色の薄い緑の制服を着た団員が駆け寄り、治癒術や回復術を施しているようだ。

 処置後、動けるようになった団員は即座に丸太の山に再投入される。


「巨躯魔狼は、あれくらいの体高だったか」

「そうですね。しかしながら、丸太よりはるかに硬かったですよね」


 巨躯魔狼の体は、いくら身体強化術を使って挑んでも、傷一つ負わせることができなかった。

 そんな魔獣を相手にすることを想定した時、目の前で延々と繰り広げられている惨劇にも似た過酷な訓練でも、十分ではないのかもしれない。

 『死の森』から国を守るラヴェラルタ騎士団は、血がにじむどころか流血の努力を積み重ねていたのだ。


 先日、ラヴェラルタ家に滞在した時には、このような特殊な訓練は見られなかったから、突然やってきた甲斐はあったと言えよう。


「あぁ、なかなか優秀な指揮官がいるようですね」


 訓練の全体を見渡しているジョエルが指摘する。


「どこだ」

「右側の手前にいる小柄な彼です。後ろを向いて、右手を挙げている……」


 ヴィルジールが望遠鏡の円の中にその男を捉えた。


「まだ少年じゃないか!」


 金色の髪の襟足を短く刈り上げた彼は小柄で線が細く、せいぜい十五、六歳ぐらいにしか見えない。

 彼は丸太の山の周囲を絶え間なく動き回り、しきりに手を振りながら大声を出しているようだが、団員たちの気合いと悲鳴、丸太が崩れる音などの騒音に紛れて、声までは判別できない。

 しかし明らかに、彼の動きに応じて団員が入れ替わったり、丸太の山への攻撃方法が変化したりしていた。


「あれ……は?」


 少年の行動を目で追ううちに、彼の制服の肩章の中央に、銀色のラインが入っていることに気づく。

 同じ色のラインはセレスタンの肩にもあった。

 オリヴィエの肩のラインは金色で、先日紹介された部隊長には赤いラインが入っていたはずだ。


「まさか、彼は副団長なのか?」

「えっ? そうなのですか……ああ、確かに。ラヴェラルタ騎士団には、もう一人副団長がいたのですね」


 ジョエルも少年の肩を確認し、頷いた。


 指揮官らしい少年の動きから考えても、副団長であることは間違いはないだろう。

 しかし先日、騎士団の主な団員の紹介は受けたし、調査のために行動を共にもしたが、その中に彼はいなかった。


「あんな少年、この間いたか?」

「いいえ、いませんでした。あの時、『死の森』に討伐に出ている者もいるという話でしたから、彼がそうではないでしょうか」

「ああ、そうか。確かにそう言っていたな」


 この国最強と謳われるラヴェラルタ騎士団の副団長を務めるからには、かなりの実力者に違いない。

 だとすると、小柄で華奢な彼が、あの娘の正体ではないか。


 ヴィルジールはそう考えたが、今こちらに見せている彼の後ろ姿が彼女と一致するかどうかは、見る角度が違うこともあって判然としなかった。

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