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(3)

 事件が起きたのは、お忍びで隣国を訪問していた第四王子が帰国の途にあったときだ。

 その十日前なら、出国時ではないだろうか。


「それって、ハイドリヒ騎士団が王子の行き帰りの護衛をしていたってこと?」

「あくまでも強化訓練だと言ってたけど、そういうことらしいよ」


 弟の説明に、兄は眉をひそめた。


「ザウレンはヴィルジール殿下を賓客として厳重に護衛したのに、なぜ、ドゥラメトリアは自国の王子にも関わらず、うちに護衛の要請をしてこなかったんだ? 俺らが護衛していたら、絶対に犠牲者は出なかったのに」

「あいつが国境を行き来してたことを、誰も知らなかったもんね」


 だから事件があったあの日、マルティーヌは呑気に市で買い食いを楽しんでいたのだ。

 今となれば、現場にほど近い市に出かけていたのは幸運だった。

 あの時、異変を察して駆けつけなければ、第四王子は間違いなく命を落としていた。

 そして、ラヴェラルタ辺境伯は少なからずその責任を問われただろう。


「ザウレン側は、魔獣の討伐も結界も、すべてハイドリヒ騎士団が担っているから動きやすい。だが、こっち側の結界は教会の管轄だからな。教会の方には、王子が国境を通る連絡が行っていたかもしれないが」


 オリヴィエが忌々しそうに言う。


 勇者ベレニスと共に魔王を倒したとされる聖者が興したチェスラフ聖教は、ドゥラメトリア王国の国教となっている。

 現在の国王が病床についた頃から、国とチェスラフ聖教との結びつきは強くなっていき、二年前から『死の森』周辺のような重要な箇所の結界は、教会の魔導師が一手に担うこととなった。


 教会が使用する結界は聖結界と呼ばれ、非常に高度であるが、騎士団の中にはセレスタンをはじめ数名の聖結界の使い手がいる。

 しかし、国は教会の魔導師以外の使用を禁じ、国防の結界の責務を騎士団から取り上げたのだ。


 教会の魔導師はプライドが高く傲慢で、魔獣を直接討伐する騎士団を穢れた者として忌み嫌う。

 当然、騎士団との関係は最悪だから、教会があえて情報を伝えてこなかった可能性もある。

 『死の森』に近い街道を抜けるのに、お忍びとはいえ、王子一行があまりにも少人数だったのも、教会が自ら張った結界への過信があったのかもしれない。


「つまり、結界に問題があったとすれば、ドゥラメトリア側だってことだな」

「そうだね。でも、僕が調べた範囲では瑕疵は見つからなかったよ。教会が慌てて隠蔽した可能性もあるけど。……ったく、僕らが結界を張っていれば、万一魔獣に突破されても、すぐに感知して駆けつけられたのにさ」


 セレスタンが、誰かを呪っているのかと思うほどの重い溜息をついた。


 国が第四王子の護衛を依頼してくれれば。

 結界が騎士団の管轄であったなら。

 その条件のどちらかでも満たされれば、事件の被害は最小限に防げただろう。


 しかし、巨躯魔狼の出現そのものは防げない。

 四百年前のベレニスの時代以降に出現した記録はなく、幻と言われた魔獣だ。

 そんな強力な魔獣が『死の森』の奥地ならまだしも、森から少し距離がある人間が住む地に突然出てきたことは謎だった。

 そのため、ハイドリヒ騎士団には『死の森』に異変が起きていないかどうかも照会していた。


 セレスタンが書面に目を落としながら言う。


「ザウレン皇国側でも、最近、小型の魔獣が『死の森』の外に出没することが増えてきているようだね」

「あぁ、やっぱりか。それは俺らも感じてることだよな。なんというか、魔獣の生息域がじわりと外に広がっている感じだ」

「それってさ、『死の森』の奥に強力な魔獣が増えて、弱い魔獣が森の外に追いやられている可能性があるよね。巨躯魔狼のような伝説級の魔獣が現れたのも、関係があるかもしれない」


 マルクの指摘に、オリヴィエが顔をしかめた。


「あんまり、考えたくないことだけどな。今、森へ入っている連中が、何か手がかりを掴んでくるといいが」


 三人は目を細めて『死の森』の方角を見た。

 騎士団の鍛錬場からは、途中にある林に隠されて森そのものは見えない。


 あの向こうで、何か恐ろしい異変が起きている。

 だとしたら、俺らでそれを封じ込めなければならない。


 マルクは気を引き締めるように長く息を吐くと、両手で自分の両頬をぱんと叩いた。


「よし! セレス副団長。あいつら全員起こしてくれ」


 強い瞳で魔術師の顔を見上げながら、地面に折り重なって横たわる団員たちをぐるりと指差す。


 まだ若く、経験の浅い彼らは、もっと鍛錬を積ませなきゃ。

 この先、ベレニスの記憶を持つ俺以外、誰も見たことがないような恐ろしい魔獣に立ち向かうことになるかもしれないのだから——。


「……くっ。了解。マルク副団長」


 妹のマルティーヌにはめろめろに甘いセレスタンだが、この場では同じ騎士団に所属する副団長同士。

 凛々しい隊服姿の妹の、少し赤くなった両頬に一瞬目を奪われたものの、即座に表情を引き締めた。





 二日後、調査に出ていた魔術師らが戻り、結界のどこにも異常がなかったことが改めて報告された。


 そしてさらに三日後には『死の森』に向かった騎士隊も戻る。

 彼らは、赤魔狼をはじめとした六種類の中型魔獣の牙や爪などの素材を、大量に持ち帰った。

 どれも、森の浅い地域では、これまでほとんど見かけることのなかった魔獣で、実際に討伐した数は五十頭以上にのぼるという。

 これほどの数の出現は、異常としか言いようがなかった。


「『死の森』の奥で何かが起きていることは間違いない。やはり、調査と討伐を兼ねて、大規模な遠征をすべきだな」


 部下たちの報告を聞いた団長のオリヴィエは、即座に今後の方針を決めた。

 遠征開始時期は一ヶ月半後ということになり、早速準備が始まった。

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