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「わたしは、わたしの力を騎士団のために役立てたいの。魔獣の討伐が進めば、領民も安心して暮らせるし、この国だって平和になる」

「いや、それはリーヴィとセレスに任せておけばいい」

「そ、そうだよ、マティ。俺らに任せておけ」


 オリヴィエは父親の言葉を肯定しながらも、少し歯切れが悪かった。

 自分の戦闘力が、妹よりはるかに劣ることはよく分かっている。

 父親が抜けて戦力が落ちた騎士団に妹が入れば、心強いことこの上ない。

 彼女がそう簡単に魔獣にやられるとは思えないのだから——。

 けれど、可愛い妹を血なまぐさい魔獣討伐の場に置くことはしたくなかった。


「ううん。まるで選んだかのように、ラヴェラルタ家にベレニスの生まれ変わりが生まれたのは、きっと、そういう使命なんだと思うの」

「いや、別の人間に生まれ変わった今こそ、マティには普通の女性として幸せに生きて欲しいと思っているのだよ。お前の前世は苦しみが多すぎたのだから、もう解放されるべきだ」


 父親の説得にマルティーヌは首を横に振った。


 これまでずっと、父親の言うように普通の女の子として振る舞ってきた。

 けれど、秘密を抱えたまま生きるのは、自分自身を見えない檻に閉じ込めるようで、辛かった。

 今、大切な家族と秘密を共有できたことで、ようやく長い苦しみから解放されたのだ。

 もうこれ以上、自分を偽って生きていくことはしたくない。


「普通の女の子として生きたくても、ベレニスの力は決して消えない。このままだとわたしは、二年後に社交界に出なきゃならないでしょ。王族や貴族連中にベレニスの生まれ変わりであることを知られたらどうするの? ベレニスの力は、使い方を間違えると悲劇しか生まないのに。だからわたしは、普通の女の子にはならない! 社交界にも出ない!」

「む……ぅ」


 父親は両ひじをテーブルにつくと、頭を抱えた。


 マルティーヌほどの美貌であれば、社交界に出ればすぐに、大きな注目を集めるだろう。

 ラヴェラルタ辺境伯家は、裏で『汚れ仕事』と揶揄されているが、国内随一の武力を誇り経済的にも豊かであるから、その娘を手に入れれば大きな後ろ盾を得ることになる。

 きっと、多くの縁談が持ち込まれるだろう。


 良縁に恵まれたとしても、娘は一生、新しい家族に秘密を抱えたまま生きていくことになる。

 これまでの彼女の苦悩を思うと、二度と同じ思いをさせたくなかった。


 かといって、秘密がばれてしまったら、ベレニスの二の舞になる可能性がある。

 嫁ぎ先が娘の力を利用するとは限らないが、嫁いだ後では、ラヴェラルタ家は簡単には手が出せないのだ。


「どうしたら良いのだ」


 娘がベレニスの生まれ変わりであることを隠すには、ラヴェラルタ家から出さなければ良い。

 いずれ、騎士団の優秀な騎士や、領内の良家に嫁がせればとりあえずは安心だろう。

 しかしそれと、娘が騎士団に入ることとは別問題だ。


 親として望むのは、娘の幸せ。

 けれど、何が彼女にとって幸せなのかを見出せず、苦悩する。


「ベレニスの経験や知識は、騎士団に必ず役立つはずよ。ベレニスの犯した罪は、生まれ変わりのわたしが償いたいの。そしていつか、ベレニスの生まれ変わりであることを誇りに思えるように生きていきたい。だからお願いします。お父さま、お兄さま、わたしを騎士団に入れてください!」


 短く切った髪も、身につけた騎士団の制服も強い決意の表れ。

 そして何より、父親をまっすぐに見つめる曇りのない青い瞳が、揺るぎない信念を言葉以上に伝えてくる。

 それでもなお、父親の心の中には迷いがあった。


「おやじ」


 グラシアンがその低い声に視線を向けると、長男のオリヴィエが小さく頷いた。

 兄に後ろ手を取られている次男のセレスタンに視線を移すと、彼もまた頷く。


「……そうか、分かった。次の団長と副団長が認めたのだ。マルティーヌの入団を許そう」

「お父さま、ありがとう!」


 マルティーヌが瞳を輝かせ、立ち上がる。

 やや遅れて、グラシアンも席を立つと娘と向かいあった。


「オリヴィエとセレスタンと共に、ラヴェラルタ騎士団を頼むぞ」


 手のひらを横にして差し出された手は、女性に向けたものではない。

 新入団の少年に向けた歓迎と激励の手だ。


 マルティーヌは「はい!」と力強く応えると、後進へと道を譲る男の手を握った。

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