(6)
事件の後、父親のグラシアンは怪我の後遺症を理由に、若くして騎士団の第一線を退くことになった。
父親と兄達は口を揃えて「俺たちが未熟だったせいだ。マティに責任はない」と言ってくれたが、マルティーヌはどうしても自分を許せなかった。
もっと早く秘密を明かし、灰翼蜥蜴の討伐法を伝えていれば。
そして自分自身も討伐に参加していれば。
お父さまは、まだ現役で騎士団を引っ張っていたはずなのだから——。
家族や使用人、騎士団の団員達は、これまでと変わりなくラヴェラルタ家の令嬢として大切に扱ってくれる。
だけど、このままでいいの?
あの事件のことも、自分がベレニスの生まれ変わりであることも、何もかもなかったことにして、辺境伯令嬢としてこれまで通り生きていっていいの?
何度も自問を繰り返しては首を横に振る。
わたしは、わたしらしく生きていきたい!
マルティーヌは強い決意を持ってドアの前に立った。
中では父親と、新団長のオリヴィエ、副団長のセレスタンが騎士団の今後について、もう何時間も話し合いをしている。
ノックをした後、中からの返事を待たずにドアを大きく開け放つ。
「お父さま、リーヴィ兄さま、セレス兄さま! お願いがあります!」
そう叫ぶと、振り返った三人の男達は、マルティーヌの姿に目を丸くした。
彼女は今朝までは、右側半分が散切りになった髪に花を差してごまかしていたのだが、今はうなじが刈り上げられ、髪全体が短く切りそろえられていた。
そして、どこから引っ張り出してきたのか、セレスタンが少年時代に着ていた騎士団の制服を身につけている。
「ど、どうしたんだ、その姿は!」
父親と長兄は、何よりもマルティーヌの髪の短さに衝撃を受けた。
ここ数日、長さがバラバラになった髪をどうにかしなければと話してはいたものの、あれほど美しかった髪を、ここまでばっさり切るとは思っていなかったのだ。
けれど、セレスタンだけは様子が違った。
「うわぁ! なんてかわいいっ! 僕の子どもの頃にそっくりじゃないか!」
マルティーヌと彼は顔立ちが似ており、瞳の色と髪色も同じ。
しかも、自分が着ていた男物の制服を身につけているのだから、妹を溺愛し、ナルシスト気質も強い彼にとってはたまらない。
興奮のあまり転げるように椅子から降りると、妹めがけて突進してくる。
「あぁ、マティ、僕のマティ。男の子の姿もいいねぇ。凛々しくて、かわいくて、かわいくてかわいい!」
妹に飛びついてぎゅっと抱きしめると、何度も頬ずりする。
「こらっ! セレス、離れるんだ!」
ようやく、正気に戻ったオリヴィエが駆け寄ると、弟を力ずくで引き剥がし後ろ手に拘束する。
父親が足を引きずりながら近づいてきて、すっかり変わってしまった娘の頬を掌で包み込んだ。
「どうして、こんなことを……」
嘆きの色が見える父親の目を、男装の娘がしっかりと見上げた。
「お父さま……いえ、元団長! わたしをラヴェラルタ騎士団に入れてください!」
「まったく、何を言い出すかと思えば……。私がこんな足になったのは、お前のせいじゃないと何度も言ったはずだ。お前が責任を感じることはないんだよ」
父親は言い聞かせるように、愛娘の頭を撫でた。
手に触れる髪の触り心地が、以前と全く違うことが切なくて、唇を噛む。
「そうじゃない!……ううん、全くそうじゃないとは言い切れないけど……でも、わたし考えたの」
「まぁ、座りなさい」
すすめられた椅子に座ると、父親は隣の椅子に腰を下ろした。




