(7)
もう何日も深窓の令嬢を演じ、窮屈な思いをしてきたのだ。
その忌々しい原因が立ち去った今、一刻も早く元の自分に戻りたかった。
「もう女装もしなくていいよね? 鍛錬場に出てもいいんだよね?」
「あぁ。よく我慢したな、マティ」
当主が苦笑気味に許可を出すと、娘が目を輝かせた。
「やったぁ!」
「五日も閉じこもっていたから、腕もなまったんじゃないか?」
からかうオリヴィエに、妹はふくれて見せる。
「そんなことないから! 俺がいなくて騎士団の奴らの方こそ、怠けてたんじゃないの? リーヴィ兄、久しぶりに手合わせしよう!」
「いいとも。先に行っているからな」
あっという間に言葉使いまでおかしくなったマルティーヌが、ドレスの裾を翻し、猛スピードで屋敷の中へと消えていく。
「あーあ。僕はマティのお嬢様姿を、もっと見ていたかったけどなぁ」
心底残念そうに言うセレスタンに、「そうよねぇ」と母親が寂しそうに同意した。
「コラリー、着替えるから手伝って!」
勢いよく自室のドアを開けると同時に、頭に乗っていた長髪のカツラをむしり取る。
侍女にカツラを押し付けて足早に鏡に向かい、耳を飾っていたイヤリングと、ネックレスを取り外す。
その間に侍女が、背中にずらりと並んだボタンを手早く外していく。
ドレスを脱ぐと胸に押し込んであったパットがポロリと落ち、ささやかな膨らみが透ける下着姿となった。
多くの令嬢が愛用するコルセットは最初からない。
「この数日、とっても楽しかったんですけどねぇ」
主を思う存分に磨き上げ、着飾らせる日々が終わってしまったことを惜しみ、パットを拾いながら侍女がため息をついた。
「わたしには最低最悪の日々だったよ。あぁ、せいせいした!」
「あぁ、さようなら、可憐なマルティーヌ辺境伯令嬢。コラリーは本当に幸せでした」
最後には泣き真似までし始めた侍女は、主の化粧を丹念に落とし、同じ肌に日焼け止めを塗り込んでいく。
それから、女性用の下着を脱ぎ捨てた主の胸に、慣れた手つきできつく布を巻いた。
マルティーヌはその上に男物の白いシャツを着込むと、ラヴェラルタ騎士団の濃緑の制服を重ね、編み上げの長靴を履く。
「よしっ!」
マルティーヌは鏡の前に立ち、腕を組み顎を上げた。
そこに映っていたのは金の短髪に青の瞳が凛々しい、騎士団の少年だ。
制服の肩章の中央にはラヴェラルタ騎士団副団長であるセレスタンと同じ、銀色のラインが入っている。
「この姿はこれで、とーっても素敵なんですけどねぇ」
「だろ?」
侍女が惚けたようなため息をつくと、マルティーヌは白い歯を見せて、鏡ごしに笑った。
この姿で社交界に放り込んだら、あっという間に令嬢たちに取り囲まれてしまいそうなほどの美少年っぷりだ。
「じゃあ、行ってくる!」
「いってらっしゃいませ。マルク様」
侍女はマルティーヌを別の名前で呼んで、深々と腰を折った。




